49 僅かな変化
一番を選択したシーラの体は自然と動き、気付けば男とヘンドリックの間に入っていた。
突然間に割って入った彼女に、ヘンドリックは驚いて目を見開いた。それは向かってきていた男も同じだったが、相手がシーラだろうがヘンドリックだろうがどちらでもよかったのだろう。
無敵の人間ほど、恐ろしいものはなかった。
彼の持つ刃物が自身に向かってくるところをしっかりと目で押さえた彼女は、我に返った。
(ちょ、ちょっと待って!私何してるのよ!)
気付いたときにはすでに遅かった。
いやいや待って!こんな男のために命落とすとか、よく考えたらあり得ないんだけど!
しかし、一度一番を選択してしまったせいか、どれだけ動こうとしても体は動かなかった。
シーラはヘンドリックを庇うように両手を広げている。
これではまるで、彼女が彼を守っているみたいではないか。
(いや、違うから!私の意思じゃないんだから!)
後ろから焦ったようなヘンドリックの声が耳に入る。
「シーラ!何してるんだ……」
茫然としていた彼は、シーラが前に出たことでようやく現実に引き戻されたようだった。
ヘンドリックは彼女を手で押し退けると、刃物を持った男と向き合った。
「俺の命を狙っている身の程知らずめ……」
「ワッ!」
ヘンドリックは一度男の攻撃を避けると、よろめいた彼の腹部に蹴りを入れた。
彼の膝が腹にめり込み、男は苦しそうにうめき声を上げて倒れた。
「ッ……」
うつ伏せで倒れた男の腕から短剣が落ち、ヘンドリックはそれを遠くに蹴飛ばした。
先にいた一人の男子生徒が剣を拾い上げ、男の腕から凶器が完全に離れた。
そしてヘンドリックは痛みで動けない男の両手を後ろでまとめ上げ、拘束した。
「さっさと騎士を呼べ!何故こんなものを持っているんだ……」
「グゥッ……」
男は何とか抵抗しようとするものの、ヘンドリックの方が力は上回っており、拘束から抜け出すことができなかった。
シーラはあ然としたまま、彼の横で一連の出来事を眺めていた。
(わ、私……助かったの……?)
あまりにも一瞬で、理解が全く追い付かない。
しばらくするとホールの外から騎士たちが現れ、ヘンドリックが彼を引き渡した。
さっきまで暴れていた男子生徒は、突然生気を失ったかのように白い顔になり、大人しくなった。
手に枷をはめられると、そのまま騎士たちに連れて行かれる。
「さっさと歩け!」
「あぁ……」
彼が連れて行かれたことにより、騒がしかった会場は一度落ち着きを取り戻した。
テーブルに並べられていた料理は床に散乱し、生徒たちも恐怖からか地面にへたり込んでいる。
とても、パーティーを楽しめるような雰囲気ではなかった。
アルヴィンやクレアたち生徒会メンバーは、生徒たちのメンタルケアを始めていた。
シーラも生徒会メンバーとなった以上、そうするべきなのだろう。
しかし、彼女は死にかけた後に周囲を慰められるほどできた人間ではなかった。
「……私も手伝いますよ」
「い、いえ……アンダーソン家のご令嬢にそのようなことをさせるわけには……」
「気にしないでください」
シーラは床の掃除をしている侍女の仕事を手伝い始めた。今、彼女にできることはそれしかなさそうだった。
そんな彼女に、浮かない顔のヘンドリックが声をかけた。
「シーラ、何故あんな危険なことをした?」
「……し、仕方ないでしょう。前に出なかったら、あなたが死ぬと思ったのよ」
ヘンドリックは彼女の答えに、何も言わずに黙り込んだ。
礼の一言でも言ってくれれば、シーラの彼に対する印象もほんの少しは変わるだろうか。まぁ、それでも彼との婚約を破棄するという決定だけは変わらないけれど。
ヘンドリックは口を閉ざしたまま、シーラから背を向けた。
「どこに行くの?」
「デイジーを探しに行ってくる、彼女のことが心配だ」
「……」
その返事に、シーラは落胆を隠しきれなかった。
助けてもらったっていうのに、やっぱり彼は何も変わらないんだ。
(ほんの少しでも期待していた私が馬鹿だったようね……)
ヘンドリックは元々、妻を拷問の末に殺害することすら厭わない人間だ。
そんな些細なことで彼の人格が、シーラへの感情が変わるはずがない。
そう思っていたシーラの頭上に、再びあの画面が現れた。
―――『正しい選択でした!その影響で攻略対象①ヘンドリックの好感度がアップしました。同時に、ヒロインへの不信感が高まります』
まるでヘンドリックを庇ったシーラの選択を褒め称えているかのような文だった。
(ヒロイン……)
一体誰のことを言っているのか。
悪役はシーラであることは確定しているため、きっと彼女にとって敵となる人物のことではないだろうか。
シーラにとって最も敵となる人物、それはおそらく――
「――シーラ嬢!大丈夫か!」
「アルヴィン殿下……?クレアも……」
慌てた様子で彼女に駆け寄ってきたのは、アルヴィンとクレアだった。
クレアは高いヒールを鳴らしながら走ってくると、シーラを抱きしめた。
「シーラ、無事でよかった……もう、無茶しないでよね」
「ご、ごめん……あのときは深く考えていなくて……」
涙目のクレアを見て、二度とあのような行動を取るべきではないとシーラは胸に刻んだ。
――その瞬間、再び会場がざわめいた。
開いた扉と、ドサッと誰かが床に倒れるような音が聞こえる。
「ケホッ……ケホッ……!」
「あ、あれってキャンベルさんじゃない!?」
正面の入り口から姿を現したのは、全身ずぶ濡れのデイジーとその横で水に濡れた手をぶら下げているロイドだった。
デイジーは寒さからか恐怖からか、真っ青な顔で体を震わせていた。そんな彼女を見下ろすロイドの目は、これ以上ないくらい冷たい。
――一体、何が起きているの?
この場にいる全員がわけもわからないまま、二人を見つめていた。
「――デイジー!!!」
会場でデイジーを探していたヘンドリックが、すぐに彼女に走り寄った。
彼は服が濡れるのも気にせず、彼女を胸に抱きしめた。
そして、デイジーと同時に会場へ入ってきたロイドを鋭い目で睨み付けた。
「き、貴様……デイジーに何をした!!!」
「……」
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