48 事件発生
アルヴィンとのダンスを終えたシーラは、彼のエスコートで会場の隅へ再び戻ってきた。
「殿下、ありがとうございました」
「こちらこそ、シーラ嬢と二度目のダンスが出来て嬉しいよ」
シーラは差し出された手をギュッと握り、彼と握手を交わした。
アルヴィンとは実に二回目のダンスである。彼は初恋のヘンドリックの元婚約者を今でも想い続けているため、義姉となるクレア以外と踊っているところをほとんど見たことがなかった。
そんな彼のダンスの相手に選ばれるなんて、シーラにとっては未だに信じられないことだった。
「本当はもっと一緒にいたいけど……」
アルヴィンは押し寄せる女子たちの群れにチラ……と目を向けた。
ダミアンもサイラスもアルヴィンも、女子人気は絶大であり、彼らとダンスをしたいと願う女生徒は山ほどいる。
「いえいえ、お気になさらないでください。殿下と一度踊れるだけでもこれ以上ない光栄でございます」
「そうか?シーラ嬢は謙虚だな」
踊るのがシーラだけ……ともなれば、余計な誤解を生んでしまうことに気が付いたのだろう。
アルヴィンは女子生徒たちと向き合い、シーラはそっとその場を後にした。フリーになった彼女が考えることは、ただ一つ。
(………攻略対象、あと一人)
アルヴィンとのダンス中も、ずっとそのことが彼女の頭から離れなかった。
普段聞き慣れない攻略対象という言葉。
しかし、シーラは前に読んだ本でチラリと見たことがあった。
攻略対象とは、おそらく恋愛ゲームのヒロインの恋の相手となる男性たちのことだろう。
ヒロインの恋の相手となれるだけあって、その男性たちは決まって全員ハイスペックだ。
(アルヴィン、サイラス、ダミアン……全員高い地位を持ち合わせているうえにハンサムだわ)
彼らならば、ヒロインの恋愛相手にも相応しいと言えるだろう。
そしてその二つが攻略対象となれる条件なのであれば、シーラにとって考えられる人物はあと一人しかいない。
(もしかして……いや、だけど彼以外にはあり得ない……信じたくはないけれど……)
「――シーラ」
「……!」
噂をすれば。ちょうど彼女の頭に浮かんでいた人物から声をかけられた。
わざわざ振り返らずともわかる。彼女が前世で全てを捧げてもいいと思えるほどに、熱烈な恋をした相手。
そのせいで彼女は破滅を迎えてしまった。
まさか、本当に彼が攻略対象の一人だというのか。
「…………ヘンドリック」
振り向くと、不機嫌そうな顔の彼が視界に入った。
デイジーは一体どこに行ったのか、今は一人だった。
彼はツカツカと荒々しい足取りでこちらへ歩み寄ると、偉そうにシーラを見下ろした。
傲岸不遜な態度は相変わらずだった。彼はチッと舌打ちをすると、彼女の細い二の腕を掴んだ。
「ッ……」
あまりにも強い力に、シーラは表情を歪ませた。
ヘンドリックは昔から力の加減というものができなかった。デイジーには優しく触れるくせに、シーラのことは雑に扱うのはいつものことだった。
「……本当はお前と踊りたくなんて無いが、デイジーの頼みだから仕方なく来たんだ」
「……キャンベルさんが頼んだですって?」
どうして彼女が?という疑問で頭が埋め尽くされた。
前世ではたしかに、ヘンドリックはシーラを放置してデイジーとのみ何度もダンスをしていた。
(愛する男を嫌っている婚約者の元へ送るだなんて、どういう神経してるわけ?)
ヘンドリックは仕方ない……というように彼女をホールの中央へ引きずって行った。
やめてと口を開きかけたシーラの脳裏に、ある考えがよぎった。
(……もし、ヘンドリックが攻略対象だったとしたら?)
四人目の攻略対象である彼と踊ることにより、シーラに有利なイベントが発生する。
それが彼女が最終的に生き残ることに繋がるのなら、たった一度のダンスくらい痛くも痒くもなかった。
シーラは黙ったまま、彼に連れて行かれた。
音楽が始まり、ヘンドリックは嫌々シーラと手を取ってステップを踏んだ。
「いくら不仲とはいえ、婚約者と一度も踊らないというのは外聞が悪いからな……」
「……」
気付くのが遅すぎるし、今さら下がる評判も無いだろう。そのような人の目を全く気にしない人だと思っていたが、そうでもなかったのか。
「デイジーに言われなければお前の元になど来なかった」
「……」
何故デイジーが突然シーラの元へ行くように言ったのかが、何とも気にかかる。彼女の性格からして、ただの善意という可能性は極めて低い。
だとしたら、やはり何か良からぬことを企んでいるのか。
「だからデイジーに深く感謝するんだな。性悪なお前を気遣う彼女の優しさにな」
「……」
いや、もちろんヘンドリックを略奪してくれる彼女の存在はありがたいけれど。何だかデイジーの真意がわからなくて複雑な気持ちである。
彼女の存在は、前世でシーラが亡くなる直接的な原因となったのだから。
「聞いているのか」
「……」
頭上からイラついたようなヘンドリックの声が聞こえたが、ガン無視。
四回も無視されたことでプライドを傷付けられたのか、ヘンドリックは一切喋らなくなった。
彼の自尊心など、今のシーラにとっては取るに足らないことだった。
(イベントはいつ起きるのかしら……)
彼女はそれだけが気がかりで、ヘンドリックのことを気にしている暇など無かったのだ。
早くイベントが起きないかなとソワソワしていた彼女は、全くダンスに集中できずにいた。
そのときだった―――
「――キャー!!!」
流れていた音楽を遮るほどの大声に、その場にいた生徒たちが一斉に注目した。
ヘンドリックとシーラもダンスの足を止め、声のする方を振り返った。
「な、何だ……?」
シーラが視線を向けた先にいたのは、鋭く光る獲物を持つ一人の男子生徒だった。
周囲の生徒たちは逃げ惑い、男は手に持った刃物を振り回している。
「ふざけてんじゃねえぞ!テメェら、俺のこといつもいつも除け者にしやがって!」
「ヒ、ヒッ……」
彼は刃物を近くにいた女生徒に向け、血走った目で彼女を脅迫している。
(な、何てこと!)
すぐにでも助けてあげないと――と思うものの、勇気が出なくてどうすることもできない。
男は切っ先を女生徒の頬に突きつけ、囁いた。
「あぁ……もう全部どうでもいい……俺の最愛の彼女に裏切られたんだ……俺はここで死んだってかまわねぇ……」
「や、やめてぇ……」
彼は掴んでいた女子生徒を突き飛ばすと、次々に周辺の生徒たちに襲い掛かった。しかし、刃先はギリギリのところで当たらない。
そんな状況に痺れを切らしたのか、男は次にシーラとヘンドリックの方へと向かってきた。
「……!」
男の狙いは、シーラではなくその隣にいたヘンドリックだった。
彼はナイフを構えたまま、一直線にヘンドリックへと突進してくる。
「ヘ、ヘンドリック……!」
「……」
ヘンドリックは突然の出来事に、その場から動けなくなっているようだった。
あぁ、もうどうしてこんなときに!
そのとき、一人で逃げようとしていたシーラの時が止まり、目の前に選択肢が現れた。
―――『選択してください!一、彼を庇う
二、見捨てる』
突如現れた二択に、シーラは困惑を隠しきれなかった。
(選択……?庇うか見捨てるか……?)
それと同時に、五秒というカウントダウンが始まった。
ヘンドリックを庇うか見捨てるかの選択肢を、よりにもよってこの私に与えるだなんて。
たしかにヘンドリックには酷い目に遭わされた。しかし、ここで彼を見捨ててしまうのはいくら何でも良心が痛む。
ええい、悩んでいても仕方が無いわ!
シーラは残り一秒のところで一番の庇うを選択した――
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