47 アルヴィンとのダンスとデイジー
サイラスはシーラとのダンスを終えた後、華麗にホールの隅まで彼女をエスコートした。
「楽しい時間をありがとうございました、麗しいレディー」
「い、いえ……こちらこそ……」
サイラスはそう言いながら、再び彼女の前に跪いてチュッと手の甲に口付けを落とした。
またしても周囲の令嬢たちから悲鳴が上がる。さっきのダンスでシーラとサイラスはかなりの注目を集めていた。
彼らの周辺では、サイラスの次のダンスの相手を狙う女子たちで溢れかえっていた。
もはや一度踊った自分は用済みだと思い、シーラはそっとその場から立ち去った。
(ちょっと休みたいわ……)
たかが二度のダンスでここまで疲れるとは。
どうやら自分が思っていた以上に体力が無かったようだ。
シーラは一度休憩しようと思い、ホールの端の方に置かれていたブッフェ形式の食べ物を取った。
普段、このような食べ物は口にしないが、ちょうどお腹が空いていた。
他にも立食を楽しんでいる生徒たちは多くいるのだし、別にいいだろうとシーラは小さなケーキを口に運んだ。
(あら、結構美味しいのね)
シーラはかなりの甘党であり、ご飯を少な目にしてまでスイーツを食べてしまうほどである。
彼女はしばらくの間、タルトやプリンなどの甘いお菓子を堪能していた。
流石は貴族たちが通う王立アカデミーと言うべきか、どれも美味しかった。
食べるのに夢中になっていたシーラに、ある人物が声をかけた。
「――やぁ、シーラ嬢」
「あら、アルヴィン殿下。ご機嫌よう」
背後からシーラに話しかけたのは、クレアのパートナーを務めていたアルヴィンだった。
クレアはちょうど別の相手とダンスをしていたようで、彼は今一人だ。
(人気者の殿下がこんなところへ来るだなんて、珍しいわね)
遠くから彼とダンスをする機会を窺っている令嬢たちはたくさんいるというのに。
そういえば、アルヴィンはいつもクレア以外の女生徒とは踊っていなかったような気がする。
ヘンドリックの亡くなった元婚約者のことをいつまでも思い続けているのだから、当然か。
「殿下もお腹が空いたのですか?」
「ああ……そうだな、どれかオススメはあるか?」
アルヴィンに尋ねられ、シーラは真っ先にすぐ傍にあったイチゴのケーキを指差した。
彼が甘い物を食べているところは見たことが無かったが、シーラとアルヴィンの仲だ。キャンディーやチョコレートを普段からあげているほどなので、特に気にもならなかった。
アルヴィンはシーラのオススメを皿に取ると、そのまま口に運んだ。
「本当だ、とっても美味しいな」
「そうでしょう!?本当に美味しいんですよ」
目を輝かせて同意を求めたシーラに、アルヴィンはフフッと笑みを溢した。
(あらやだ、私ったら……ちょっとはしゃぎすぎてしまったみたいね)
人前で騒ぐだなんて、貴族令嬢らしからぬ行為だ。
ただでさえアルヴィンが隣にいて視線を集めている状況だというのに、何とも情けない。
恥ずかしそうに黙り込んでしまったシーラに、アルヴィンが話題を変えて話しかけた。
「ところでシーラ嬢、さっきのサイラスとのダンスはすごかったな」
「あ、あれは……事故みたいなものです」
あれはサイラスの独断であり、決してシーラが望んでいたことではない。
余程面白い光景だったのか、アルヴィンは笑いを堪えるように口元を手で押さえた。
(ちょ、ちょっとそんな反応しないでよ!)
シーラはプイッとアルヴィンから顔を背けた。人が気にしているのを知っていてそんな風に笑うだなんて、殿下は腹黒だ。
アルヴィンはそんな彼女を宥めるように口を開いた。
「――まぁまぁ、シーラ嬢」
フォークを皿に置き、空いたシーラの手をアルヴィンが突然握った。
驚いて振り返ると、彼は握った彼女の手を自身の口元まで持ち上げていた。
「――よければ俺とも一曲踊ってくれるか?」
「あら……」
その美しい笑みに、シーラは誘いを断ることができなかった。
「――ええ、喜んで」
彼女はニッコリと笑い、彼の手を握り返した。
その瞬間、ピロロンッという音と同時にスクリーンが頭上に現れた。
――『“攻略対象三人とダンスを踊る”条件をクリアしました
あと一人の攻略対象と踊ることができれば、イベントが発生します』
シーラは時が止まったかのように、画面に映る文を眺めていた。
(“攻略対象三人”……?)
シーラが今まで踊った人数は二人、そして今から踊るアルヴィンを含めるとちょうど三人になる。
アルヴィンが二人目の攻略対象であることは、前のダンスの練習のときに判明している。
しかし、他の攻略対象については未だ不明のままだった。
――ダミアン、サイラス、アルヴィン。
もしかして、その三人が……?
***
シーラとアルヴィンがダンスをしていた頃、会場の隅にいたロイドはその光景をじっと眺めていた。
「……気に入らないな」
彼は誰にも気付かれないくらいの小さな声でポツリと呟いた。
学園長のロイドは毎年パーティーに参加しているというわけではなく、自身がアカデミーを卒業した五年前が最後の参加だった。
そんな彼が何故、今年だけはダンスパーティーに出席したのか。
その理由はまさに、今遠く離れた場所で甥っ子と踊っているシーラだった。
二人から目を離せずにいる彼に、一人の女生徒が声をかけた。
「が、学園長様……よろしければ、私と踊っていただけませんか?」
「……」
彼は振り返り、女生徒を視界に入れた。
どこかで見覚えがあると思ったら、あの日シーラを貶める発言をした令嬢ではないか。
どうやら彼女はロイドが慈悲をかけたことで、変な勘違いをしているらしい。
「そういう気分ではないんだ、他をあたってくれ」
「いいではありませんか、誰とも踊っていらっしゃらないんでしょう?最初のダンスは是非私と……」
何を誤解しているのか、頬を染めて自身を見上げる彼女に、彼は冷たく言い放った。
「――消えろ」
「ッ……」
突如低くなった声と険しい目に、彼女はビクッと体を震わせた。
ロイドは相手にする価値もないと思い、そのまま会場の外へ出て行った。
外はすでに暗くなっており、真っ黒な夜空に無数の星が浮かんでいた。
(こんな日は、彼女と二人で過ごしたときのことを思い出すな……)
まぁ、あっちは覚えていないだろうけど。
一人空を見上げて物思いに耽っていたロイドは、背後から近づく足音に気付いて咄嗟に後ろを振り返った。
「………………お前は」
振り向くと、長いブロンドの髪を一つにまとめた青い瞳の少女が立っていた。
華美な赤いドレスは、彼女の華やかな容姿をさらに際立たせている。
「こんなところにいらしたんですね、探していました」
彼女はロイドに対して、ニッコリと笑みを浮かべた。まるで愛しいものでも見つめているかのように、大きな瞳が細められた。
「――初めまして、ロイド学園長様。デイジー・キャンベルと言います」
「……」
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