42 念願のパートナーとサイラスの抱える秘密
学園長室を出たシーラは教室へ戻る途中、生徒会メンバーの一人であるダミアンと出くわした。
ダミアンは生徒会の頭脳とも言われる、侯爵家の令息だ。
「あら、ダミアン様」
「シーラ嬢、こんなところで会うだなんて偶然だね」
彼は軽く手を振りながら、笑みを浮かべてシーラに近付いてきた。
ヘンドリックやアルヴィンほどではないが、彼もまた女子人気が高い。そのような人当たりが良く、接しやすいところが、女子たちの心を掴んで離さないのだろう。
「クレアから聞いたんだけど、学園長様に呼び出されたんだって?」
「ええ……私も驚きました」
二人は横並びで歩きながら、話し始めた。
シーラにとってダミアンは、唯一家の位が同列なため、生徒会の中では最も関わりやすい相手である。
「あの学園長様がね……僕も驚いたよ。今まであの部屋に入ったことがあるのはアルヴィンかクレアくらいだし」
「や、やっぱりそうですよね……」
王族と深く接点のある二人ならともかく、一介の貴族令嬢であるシーラにはあまりにも相応しくない場所だ。
それに、ロイドの目的もよくわからなかった。てっきりあの事件についての聴取をされるのだと思っていたが、聞かれたのはどれも他愛のないことばかり。
「それより、デイジーって言ったっけ?あの子、今日なかなか暴れてたみたいだね」
「ええ、ダミアン様もご存知だったのですか?」
デイジーは平民ではあるものの、美しい容姿をしているため学園内ではかなり有名だった。
彼女に本気で惚れ込む男子生徒も多くいるそうだが、常にヘンドリックが傍にいるため容易に近づけない。
「教師に対して学園長に会わせろってみっともなく叫んでいたと聞いたよ。それに体調不良でもなく勝手に学校を早退していったともね」
「ま、まぁ……それは……」
いくら何でも、暴れすぎである。
ダミアンは呆れたような顔で、デイジーのことを語っていた。
(そもそも人の婚約者に平気で手を出すような女なんだから、まともな人間なわけがないわよね……)
彼女が異常であると理解してくれる人が、身近にいたようでシーラは何だか安心した。
「そうだ、ダミアン様は今度のダンスパーティーのパートナーは決まっていらっしゃいますか?」
「いや、特には決めていないよ。パーティーには元々あまり関心が無くてね」
シーラはチャンスだと感じ、思い切って彼にあることを提案した。
「そうだったのですね。よろしければ、私とパートナーを組んでくださいませんか?」
「ああ、別にいいよ。ちょうど相手はいなかったし」
ダミアンは迷うことなく、その頼みを快諾した。
(やったわ!念願のパートナーをゲット!)
第一学年、第二学年と一人で参加したときと比べたら、侯爵家の令息ダミアンがパートナーだなんてあまりにも恵まれすぎていた。
二人はしばらく会話に花を咲かせながら、廊下を歩いていた。
そんな中、シーラは廊下の端で何やら揉めている男子生徒二人組に目を留めた。
普通ならスルーして行くところだが、片方が知っている人物である以上、そういうわけにもいかなかった。
「………ヴェントゥール大公子様?」
「……アイツ、あんなところで何してんだ」
そこにいたのは、間違いなくサイラスだった。
彼は同学年の男子生徒と、何やら言い争いをしている。
その瞬間、男子生徒が振り上げた拳が彼の頬にめり込んだ。
「――人の女に手を出す浮気男!!!」
「……!」
殴られた衝撃で彼は尻餅をついて倒れ込んだ。
明らかにサイラスの方が地位が高いというのに、彼は何も言わずに黙ったまま、頬を手で押さえていた。
男子生徒はしばらく倒れ込むサイラスに罵声を浴びせた後、イラついた様子でその場を立ち去って行った。
シーラとダミアンは、そんな彼に慌てて駆け寄った。
「ヴェントゥール大公子様!」
「サイラス!お前何してるんだ!」
その声に振り返ったサイラスが、驚いたように二人を見た。
いつからここにいたのか、とでも言いたそうな顔だ。
「大丈夫ですか?一体何があって……」
「ああ……俺は平気だ」
いくら学園内とはいえ、大公家の嫡男を殴るなど大問題だ。
しかしサイラスは大事にしたくないのか、何事も無かったかのように立ち上がった。
「ちょっと医務室に行ってくる。ダミアン、このことは口外しないでくれよ」
「……お前がそう言うなら」
去って行く彼の背中が寂しく感じられて、シーラは思わず追いかけそうになったが、それを制したのはダミアンだった。
今は放っておいてやれよ――と表情でシーラに伝えた。
「アイツ、また女性関係でトラブルになったんだな」
「浮気男って言っていたのは、そういうことだったんですね」
ダミアンはサイラスが去って行った方向を見つめながら、コクリと頷いた。
(だけど、恋人のいる女性に手を出したのなら、ヴェントゥール大公子様がいけないのではないかしら……)
彼女の考えていることを読み取ったのか、ダミアンが口を開いた。
「――アイツ、多分知らなかったと思うよ」
「…………え?」
知らなかったとは一体、どういうことか。
シーラは驚いて横にいた彼を見上げた。
「サイラスは女好きだけど、誰彼構わず手を出すような真似は絶対にしない。特に彼氏持ちの女なんて絶対にいかないと思うよ」
「……そんな話、初めて聞きましたけど」
「こう見えてもアイツとは幼馴染なんだ、長い付き合いだからこそわかるんだよ」
ダミアンは目を細め、どこか懐かしそうな顔をした。
そういえば、生徒会メンバーの中でも二人は特別仲が良いように思えた。
「……それに、アイツの心には彼女がいるんだ。取り返しのつかないようなことにはならないよ」
「彼女……?」
シーラはきょとんと首をかしげたが、ダミアンはそれ以上何も言わなかった。
そのとき、ちょうど授業の開始五分前を知らせるチャイムが鳴り響いた――
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