41 ロイド王弟殿下とのお昼
デイジーがヘンドリックに会いに行っていた頃、ちょうど学園では昼休憩の時間になっていた。
四限が終わり、シーラは昼食を摂るために食堂へと向かおうとしていた。
そんな彼女に、他クラスの担任教師が声をかけた。
「アンダーソンさん、ちょっといいかな?」
「……先生、どうかしました?」
何か用事があるのか、教師はシーラを引き留めた。
彼女は振り返り、あまり話したことのない男性教師と向き合った。
「――実は、学園長様が君と一度話をしたいと言っているんだ」
「……学園長様が、ですか?」
予期せぬ人物の名前に、彼女は驚いて目をぱちくりさせた。
教師たちから呼び出されることはあったとしても、アカデミーのトップである学園長から呼び出しを食らうことは滅多に無い。
一応優等生な彼女のことだ、何かやらかしたわけではないだろう。だとすれば、考えられる可能性は……
(きっと、ヘンドリックとのことかしら……)
それ以外には思い当たる節が無かった。
きっとあの一件の被害者として、シーラに色々と聞きたいことがあるのではないだろうか。彼女はそう結論付け、先ほどから鳴りやまない心臓を何とか落ち着かせた。
「わかりました、すぐに向かいます」
「ああ、くれぐれも失礼のないようによろしく頼むよ」
教師陣にとっても、学園長ロイドは雲の上にいるような人。無礼な真似をするわけにはいかないと、シーラは気を引き締めた。
彼女は泣く泣くクレアたち生徒会メンバーとの昼食に断りを入れ、アカデミー内にある一室へと向かった。
シーラは茶色いアンティーク調の二枚扉の前に立っていた。まるで王宮にある一室かと思ってしまうほど、煌びやかで豪華な装飾が施されたその扉。
生徒たちは、この場所を学園長室と呼ぶ。しかし、この中に足を踏み入れたことがある者はほとんどいない。
(ここに、学園長様……いえ、王弟殿下がいらっしゃるんだわ)
そのことを考えると、何だか緊張してきた。
シーラはロイドと話したことなんて、前世を含めてもほとんどない。
彼女は深呼吸を何度も繰り返したあと、そっとドアをノックした。
「――学園長様、シーラ・アンダーソンです」
「……入れ」
中から声が聞こえてきたのを確認すると、シーラはゆっくりと大きな二枚扉を開けた。重みのある扉が完全に開くと、奥にある椅子に座る一人の男性が視界に入った。
(………ロイド学園長)
真っ暗な夜の空を切り取ったかのような黒い髪を右側で分け、輝く星のように青く美しい瞳が印象的である。
いつも着ているローブを今日も着用し、右側の耳にはフープピアスを着けている。
彼女はスカートを手で持ち上げ、ゆっくりと礼をした。
「シーラ・アンダーソン……学園長様がお呼びと聞いて、参りました」
「ああ、よく来たな……座ってくれ」
ロイドは執務机にあった椅子から立ち上がると、室内にあるソファを薦めた。
彼女を先に座らせ、彼はその正面にそっと腰を下ろした。
「茶を用意させる、少しだけ待っていてくれ」
「はい……お気遣いありがとうございます」
それからしばらくすると、侍女が部屋に入ってきた。
メイド服の端に刻まれている紋章から見て、おそらく王家に仕えている侍女だろう。
彼女は二人分の紅茶と共に、ケーキやマカロンなどが乗せられているスイーツワゴンを運んでやって来た。
紅茶をそれぞれの前に置いた侍女は、一礼した後に部屋を出て行った。
(あら、とっても良い香り……私の好きなコール茶みたい……)
――私がこの茶葉を好んでいるのはアンダーソン家の使用人くらいしか知らないことだというのに、どうして彼が?
そんな疑問が浮かび上がったが、ただの偶然だと結論付けて気にしないことにした。
「好きなだけ食べればいい」
「あ、ありがとうございます……」
今は食べても胃が痛くなりそう。
シーラはイチゴのタルトを一つだけ選び、口に運んだ。小さめなものなら何とか食べきれそうだった。
それにしても……
さっきからどうして私を見つめているの―――!?
正面に座るロイドの視線が刺さりまくり、シーラは緊張からフォークを持つ手が僅かに震えた。
「――近頃、変わりは無いか?」
「ッ……は、はい……」
突然話しかけられて、シーラはビクリと肩を上げながらも慌てて頷いた。
そのせいで、タルトを上手く飲み込めなくて軽く咳き込んでしまった。
「そうか、それはよかった」
「……」
顔を上げると、口元に笑みを浮かべたロイドと目が合った。
どうしてそんなに柔らかい表情をしているんだろう。シーラの記憶では、ロイドはいつも無愛想で誰に対しても冷たい人だった。
「……この間の一件の事情を聞くために呼んだのではなかったのですか?」
そう尋ねると、ロイドは不思議そうに首を傾けた。
え、まさか本当にそのことを聞くためだけに呼んだというの?
驚いて彼を見つめるが、ロイドはただニコニコしながらシーラを見ているだけだった。
(ど、どういうこと……?学園長様ってこんな顔する人だったっけ……?)
「それと……またあのようなことがあったら、遠慮なく俺に言ってほしい」
「は、はい……」
シーラはタルトを食べながら、正面で微笑む彼の顔をじっと見つめた。
ロイドとはほとんど話したことなんてない、それなのに何故か妙な既視感を覚えた。
――彼の顔、昔どこかで見たことがあるような……?
『キーワード:”記憶にない彼”を入手しました』
***
シーラが帰った後、学園長室では。
ロイドの侍従であるレインが物珍しそうに彼に声をかけた。
「王弟殿下、今日はお客様を呼んだようですね」
「ああ、ちょっと話してみたい生徒がいたんだ」
机の上に残った二人分の紅茶に加え、ロイドが普段あまり好まないスイーツ類から、彼はそのことを察したようだった。
ロイドが学園長室に誰かを招き入れるのは、かなり珍しいことだった。ここに来たことがある生徒は、今アカデミーに通っている中ならアルヴィンかクレアくらいだろう。
「もしかして、噂のシーラ・アンダーソン令嬢ですか?」
「……お前、何故そのことを知っている」
レインはやっぱり!とクスクス笑った。
ロイドがシーラを特別に想っていることは、レインだけが知っている秘密である。
殿下もとうとう愛する人に巡り会えたのかと喜びを見せるレインに対し、ロイドは浮かない表情で呟いた。
「だが、彼女は俺のことなんて覚えていない……」
「殿下……」
シーラのロイドに関する記憶は、今や全て無くなってしまっている。
彼はそのことにショックを隠しきれなかったが、こればっかりは仕方のないことだった。
シーラは自分のことを覚えていない。
悲しくはあるが、ロイドはそれでもかまわなかった。
「たとえ、彼女の記憶が全て消えてしまったとしても……」
ロイドはそこで一度言葉を切った。
レインは珍しく穏やかな表情の彼を、ただじっと見つめていた。
「俺はこの先もずっと、彼女だけを愛し続ける」
――俺の中で彼女が生き続けている限りは、とロイドは付け加えた。
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