39 計画
顔つきが変わったシーラに、デイジーが焦ったように口を開いた。
「あっ……もしかして、怒っちゃいましたか?私、アンダーソンさんを傷付けるつもりは無かったんです……ただ、みんなで元気付けに行けばヘンドリック様が喜ぶと思って……」
「……」
みんなでと言っているが、誘うのがシーラだけな時点で彼女を痛い目に遭わせようとしていることが明白だ。
本当に彼のことを思っているのならばヘンドリックの男友達たちを誘えばいいのに、何故シーラを選ぶのか。
(それにしても見事な演技だわ……)
デイジーは目に涙を溜め、軽く握った手を口元に当てて弱々しい女を演じている。
これではまるで、シーラが彼女を虐めているかのようだった。
しかし、実際のデイジーはそのようなか弱い人間ではなかった。
もし本当に良心を持ち合わせている心優しい女性であれば、妻のいる男の愛人などやらないだろう。
結局のところ、デイジーも強かなのだ――シーラに負けないくらい。
前世の彼女は、そうやって何度もデイジーの罠に嵌まっていた。
デイジーはまるで自分が被害者であるかのように振舞い、シーラを悪役に仕立て上げていた。
前世、シーラはいつもここで怒鳴り声を上げて無礼な発言をしたデイジーを責め立てていた。
しかし、今はもうそんなことをする気など起きなかった。
シーラは淑女教育で習った優雅な微笑みを携えた。
「私は遠慮しておきますわ、キャンベルさん」
「そうですか?良い案だと思いましたけど」
この嘘つき。
良い案だなんて、絶対に思っていない。
ていうか涙引っ込んでるやんけ。演技やめるの早すぎるわ。
「ええ、私が行ったところで――ヘンドリックは嬉しくないでしょうから」
「まぁ!どうしてそのようなことをおっしゃるのですか!?」
デイジーは大げさに声を上げ、悲しそうな顔をした。
シーラが行ってもヘンドリックが喜ばないことくらい、知っているだろうに。
「詳しくは言えませんけど……他でもない、キャンベルさんが一番よく知っているのではありませんか?」
「……」
気のせいか、デイジーが一瞬だけ動揺したように見えた。
感情を上手く隠せないところが、まだまだ平民だった。
まぁ、あれほど感情をコントロールできない男の傍に居続けていれば当然かもしれない。
だが、この先ヘンドリックと結婚して公爵夫人になるのであれば、そこは直さなければならないだろう。
「そんなこと言わないでください、アンダーソンさんはヘンドリック様の婚約者ではありませんか」
「……」
前は迷惑だから彼に付き纏うなと言っておきながら、今度は婚約者だから仲を深めろと?
デイジーの言っていることは滅茶苦茶だ。
(……ただ単に私に嫌な思いをさせたいだけ?それとも、何か別の意味でもあるのかしら?)
シーラは彼女の真意を探るため、その瞳をじっと見つめた。
しかし、一点の曇りもない澄んだ青い瞳からは結局何の感情も読み取ることができなかった。元より、考えていることが全てわかるほど表に出ているのなら、前世でシーラが嵌められることも無かったはずだから。
「……今日は大事な用があって、行けないんです。別に会うのが気まずいってわけではありません」
「あら、そうならそうと早く言ってくだされば、私も余計な勘違いをせずに済んだのに」
デイジーはそうだったんですねと、クスクス笑った。それなら仕方が無いと、諦めがついたようだった。
「なら、私一人でレイヴィス公爵家へ行こうかな……」
シーラはヘンドリックの婚約者になって何年も経つが、一度も公爵邸へ招待されたことが無かった。
公爵邸はシーラにとって苦い記憶の残る場所だったため、今さら行きたくもないが。
相手の家に気軽に行けるということは、それだけその人と親しいということを表している。
大勢の前でいちいち言うということは、高位貴族と仲が良いことをアピールして自分は権力があるのだということを知らしめたいのだろう。
(あなたの考えがどうであれ、私にはもう何の関係も無い……)
これ以上、デイジーに敵対視されるのは御免だった。
シーラはもうヘンドリックを愛してなどいないし、何なら二人の恋を応援する気満々だった。
――一刻も早く、面倒事から解放されたい。
そのような思いから、シーラは思い切った行動に出た。
「ああ、そうだ。一つだけキャンベルさんに言っておきたいことがあるんです」
「……何でしょうか?」
嫌な予感がするのか、デイジーは身を固くした。
シーラは彼女にゆっくりと近付き、耳元に唇を寄せた。
「――私、ヘンドリックとの婚約は破棄するつもりでいますから」
「…………何、ですって?」
衝撃を受けたデイジーの動きが止まった。驚きすぎて、瞬きをすることすら忘れてしまったようだ。
シーラはそのまま言葉を続けた。
「ですから私を貶めようとしたところで、何の意味も無いのだということを――よく覚えておいてください」
「……」
シーラは呆然と立ち尽くすデイジーを置いたまま、クレアの元へと戻った。
彼女はシーラを信じ、一連の事態を最初から最後まで傍観していた。
「シーラ、何を話していたの?」
「ちょっとね……くだらない世間話よ」
シーラはそれだけ返すと、クレアと共にそれぞれの教室へ入って行った。
生徒たちが時間を気にして次々と教室へ戻って行く中、デイジーだけがそこから動けずにいた。
ついさっきシーラから聞いた婚約破棄という言葉が、彼女の頭から離れなかった。
人がほとんどいなくなった廊下で、デイジーは小さい声でボソッと呟いた。
「…………私の計画が、狂うじゃない」
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