38 デイジーの暴挙
デイジーは人目を気にすることもなく、涙を流しながら体を小刻みに震わせていた。
元々華奢で儚い少女だったこともあり、その姿は周囲の同情を誘った。
「デイジーさん……可哀相だと思う気持ちもわからないことは無いが、学園長様が決めたことだ。覆らないよ」
「きっと何か誤解があったのです!ヘンドリック様は無実の女性を糾弾するような人ではありません!」
相手が泣いている以上強く叱りつけることもできず、教師は困り果てていた。
百歩譲って教師に抗議するだけならまだしも、わざわざこのような公衆の面前でやるとは。
ヘンドリックのやらかしの件については、実際に多くの生徒が目撃していることだ。証拠など提出するまでもなく、彼が百悪いということで話は終わっている。
そんな中で、あのような発言をするのはシーラを貶めているようなものだった。
「あの女……自分が全ての元凶なくせに、何を言っているの?」
「クレア、落ち着いて」
シーラは今にも飛び出していきそうなクレアを制止した。
彼女の言う通り、あの事件が起きたのは、デイジーがドレスを汚されたことが原因だった。
デイジーのドレスを汚して引き裂いた犯人は今でも不明である。
(彼女は被害者でもあるけど……恋人の暴挙を止めることくらいできたはずよ)
荒ぶるヘンドリックを止められるのは、少なくとも学園の生徒の中ではデイジーしかいない。
しかし、彼女は彼を諫めることなく、むしろ協力的だったと聞いた。
結果、何の罪も無いシーラが大勢の前で追及されることとなってしまったのである。
その点においては、彼女も同罪ではないのだろうか。
――私刑は危険極まりない行為だ。
正義感ゆえに暴走した一般市民たちが、勘違いで無実の人を殺害してしまったというケースは昔から後を絶たなかった。
「どうか慈悲を!ヘンドリック様を今すぐにでも復学させてください!」
「デイジーさん、それは私たちに決められることではないんだ……」
どれだけ教師を困らせれば気が済むのだろうか。
デイジーは不思議そうにきょとんと首をかしげた。
「先生なら、いつでも学園長様に会えますよね?」
「いや……学園長様はだな……私たちがそう簡単に会えるようなお方では……」
学園長ロイドは王弟であり、教師たちですら気を遣う相手である。
彼女はそのことを知らないのだろうか。いや、きっと知っていて気にしていないのだろう。
「なら、学園長様に会わせてください!私が直接言いますから!」
「そ、それはいくら何でも……!」
(ああ、もう見ていられないわ!)
周辺の生徒たちの目が冷たくなっている。
シーラはそんな状況に耐えられなくなり、思わずデイジーと教師の間に入っていた。
「――キャンベルさん、いい加減にしなさい」
「…………アンダーソンさん?」
突然のシーラの登場に、デイジーが驚いたようにぱちくりと目を瞬かせた。
「先生をあまり困らせてはいけませんわ」
「私は困らせてなんていません。ただ、ヘンドリック様の処分を軽くするように学園長様に掛け合いたいだけですよ」
その行動がまさに彼を困らせているのだが、当の本人はまるで気付いていないようだ。
デイジーは生徒会メンバーほどではないものの、毎回テストでは上位を取っていた。そのせいか、シーラはずっと彼女が頭が良いものだと思っていた。
だが、実際は王族の尊さすら知らないような人間だったのだ。
(いるわよね、勉強以外がちょっと抜けてる人って)
いや、デイジーの場合ちょっとどころではなかった。
強いて言えば、ヘンドリックもその類に入るだろう。
「さっき先生も言っていたことですが……一度決まった処分を覆すことは国王陛下でも難しいことです」
「それはわかっています。ですが、頑張って気持ちを伝えれば、きっと学園長様も理解してくださると思うんです」
「……何を言っているんですか?」
シーラは呆れ果てて、そう返すことしかできなかった。
「そうだ、アンダーソンさんからも学園長様にお願いしてくれませんか?高位貴族のご令嬢の頼みなら、聞いてくださるかもしれません!」
「……はぁ、あなたは本当に」
デイジーはどうやら、シーラがヘンドリックたちの慈悲を望んだことすら知らないようだ。
一体今まで何をしていたのか。騒動の渦中にいたにもかかわらず、そんなことすら聞いていないとは。
「五日間も学校に来れないだなんて、ヘンドリック様が可哀相ですよ。もうすぐダンスパーティーもあるっていうのに……」
五日アカデミーに来れないのが可哀相だと感じるのならば、何故ヘンドリックのシーラへの仕打ちには胸を痛めないのか。
突き飛ばされ、暴言を吐かれ、さらには弁当を蹴り飛ばされた瞬間を彼女は間違いなく見ているはずだった。
(ヘンドリックから受けた仕打ちを思えば、五日間の停学なんてあまりにも軽い罰だわ……)
シーラからしたらそのように思うが、きっとデイジーの感じ方はまた違うのだろう。
彼女は善人を演じたいのかもしれないが、シーラにとって彼女は絶対的な加害者に過ぎなかった。
「――そうだ、シーラ様!私と一緒にヘンドリック様の家に彼を元気付けに行きませんか?」
「………何ですって?」
良いことを思い付いた、とでも言いたげにデイジーは平然とそんなことを提案した。
彼女はヘンドリックがどれだけシーラを嫌っているか知っているはずだった。デイジーはともかく、シーラが行ったところで罵詈雑言を浴びせられるのは目に見えている。
それなのに、何故平気な顔で誘えるのか。
「シーラ様に来て頂ければ、きっとヘンドリック様も喜ぶでしょう」
手で口元を隠してはいるが、目元から笑っていることが推測できる。彼女が行ったらどうなるか、絶対にわかって言っていた。
その一言に、とうとうシーラの堪忍袋の緒が切れた。
「――いい加減にしなさい、デイジー・キャンベル」
一歩前に出ると同時に、ずっと我慢していたシーラの反撃が始まった――
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