35 父との決別
父オリバーが放った一言に、ローガンの顔が白くなり、目から光が消えた。
刃物のように鋭く尖った言葉たちが、彼の胸に突き刺さった。滅多に動揺することのないローガンが、今は僅かに動揺しているように見えた。
(お祖父様のせいでお祖母様が死んだですって?)
シーラは我慢の限界を迎え、ローガンを庇うように父と対峙した。
「お父様!何てことを言うんですか!」
「うるさい、黙れ!何も知らないお前が口を挟むな!」
父の視線がシーラに移り、今度は彼女を怒鳴りつけた。
彼は一度怒り出したら手が付けられない人だった。
父の言う通り、シーラは何も知らなかった。二人の間にある確執など、一切知らない。そんな彼女が間に入るのは、たしかに違うかもしれない。
何も知らない彼女はどちらが悪いのか、どちらに問題があったのか判断のしようがない。
(……だけど、私は私を可愛がってくれたお祖父様の味方をしたい……!)
祖母を死なせたとか言っていたが、きっとそれは父の勘違いだ。
そのことを信じて、シーラは父を敵とみなした。
「お父様、落ち着いてください」
「落ち着いてなどいられるか、お前も結局はその男を庇うんだな。あの女もそうだった。母娘揃って父上の肩を持つとは……変なところが似たようだな!」
あの女とは、きっとシーラの母親のことだろう。
シーラの母は生前、夫と疎遠だった代わりにローガンとかなり親しくしていた。そんな母なら、父よりも祖父の味方をしていても変ではなかった。
(お父様……あなたは結局、自分を一切叱ることなく、全てを肯定してくれる人間が好きなだけよ)
義母セレナに惹かれたのも、きっと自分を否定せずに受け入れてくれたからだろう。
現実を一切受け止めることなく、自分の非を絶対に認めない。父オリバーは結局昔から何も変わっていなかった。
「お父様は弱い人間です。気に入らないことがあると、すぐにそうやって周囲に当たり散らす。お母様がどれだけあなたに傷付けられたか」
「……………何だと?」
弱い――男性が最も言われたくないであろう言葉に、父の顔が真っ赤になった。
彼はシーラに向かって、その手を振り上げた。
「黙ってりゃ、好き勝手言いやがって……!」
「……ッ!」
殴られる――と思った瞬間、彼女は突然腕を引かれた。
何が起きたのか理解したときには、シーラはローガンの腕に抱きしめられていた。どうやら彼が、殴られそうになったシーラを守ってくれたようだ。
「――オリバー、何をしているんだ」
「……!」
ローガンは娘に手を上げようとしたことに怒りを露わにし、持っていた杖で父の腹部を殴った。
杖は彼の腹にめり込み、父はうめき声を上げて腹部を抑えた。
「グッ……」
「シーラはお前の娘なんだぞ、正気じゃない」
ローガンは怒りから、右目をカッと見開いて父を見据えた。
痛みでうずくまる父は、不機嫌そうに吐き捨てた。
「……正気じゃないのはどっちだよ」
父は腹を押さえながら体勢を立て直すと、鋭い瞳で祖父とシーラを見下ろした。とても、血の繋がった家族に向けるとは思えないほどの冷たい目だった。
父は腹いせに、テーブルの上に置かれていたティーカップを手に取ると、床に叩きつけて割った。
ガシャンというガラスが割れるような音と同時に、入っていた紅茶が床に零れた。
「ああ、いいだろう!シーラが欲しけりゃいくらでもくれてやる!可愛げのない娘一人いなくなったところで、俺にとっては痛くも痒くもないからな!」
「オリバー!」
父はイラついたような荒々しい足取りで扉へ向かうと、最後にシーラの方を振り向いた。
「俺の娘はアメリア一人だけだ!二度と家に帰ってくるな!お前なんか家族じゃない!」
「ッ……」
それだけ口にすると、彼は扉に手をかけて部屋を出て行った。
元より期待などしていなかった父だが、そこまでのことをハッキリと言われると、流石に胸が締め付けられた。
――やはり、父は自分を愛することなどできなかったのだ。
そのような現実を思い知らされ、シーラは暗い気持ちになった。
「シーラ……」
「お祖父様……」
シーラが傷付いていることを察したのか、ローガンはその胸に彼女を抱きしめた。
今の彼女にとって、祖父のローガンだけが心の拠り所だった。できることなら彼と一緒に住みたかったが、領地から学園まではかなりの距離があるためそうするわけにもいかなかった。
「シーラ、オリバーのいる家には帰りたくないだろう。首都にアンダーソン家の別邸があるんだ。アカデミーからは少し遠くなるが……明日からはそこで暮らせばいい」
「お祖父様……ありがとうございます……」
シーラはローガンの提案を受け入れた。
父の元を離れることができれば、きっと心も楽になるだろう。一人で暮らすのは少し寂しくはあるが、あの家にずっとい続けるよりかはマシだった。
――シーラがいなくなることで、父や義母たちも喜ぶはずだ。
「信用できる使用人たちを付けるから、心配はいらない。アイツのことはもう家族だなんて思わなくていいんだ」
「……」
父親のことを乗り越えるのは、まだ難しいかもしれない。
だけど、祖父や優しい使用人たちがいればきっと、いつかはこの心の傷も癒える。
シーラはそのことを信じ、前を向くことを決意した。
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