33 祖母と父
荷物を用意してあった部屋に置いたシーラは、下の階に下りてローガンの元へ戻った。
その道中、彼女は廊下に飾ってあったある肖像画に目を奪われた。
「……この人は」
廊下の途中に飾られていた大きな肖像画。シーラの身長と同じくらいあるのではないかというほどに大きく、縁には豪華な装飾が施されている。
そこには、見るからに高貴な身分の女性が描かれていた。
茶色く長い髪を一つにまとめ、緑色の瞳を細めて笑っている、若く美しい女性。瞳と同じ緑色のドレスはとても似合っており、胸元では紫色のネックレスが光り輝いていた。
シーラは実際に会ったことは無いものの、その女性を知っていた。
「…………お祖母様」
――シーラの祖母であり、ローガンの妻である先代侯爵夫人だった。
お祖母様というシーラの呟きを受け取ったローガンの側仕えが、彼女に声をかけた。
ローガンの他に、彼の世話にするために住んでいる数少ない人間の一人だった。
「シーラお嬢様、大奥様のことをご存知だったのですか?」
「ええ、会ったことは無いけれど……肖像画で何度か顔を見たことがあります。若いお祖父様の隣にいたのを覚えていたんです」
「そうだったんですね」
シーラはしばらくの間、祖母の肖像画から目が離せなくなっていた。
人目を引くほどに美しいというのもあるが、それ以外にも何かを感じてならない。
(間違いなく、私と血が繋がっているのよね……)
祖母はシーラが生まれるずっと前に亡くなってしまったと聞く。そのため、当然彼女は一度も見たことが無かった。
「お嬢様、大奥様が着けているこのネックレスは、大旦那様がプレゼントなさったものなのですよ」
「まぁ、そうだったのですか?」
父と母は政略結婚で愛は無かったけれど、先代のアンダーソン侯爵夫妻の仲の良さは有名だった。
ローガンは妻をとても大切にしており、彼女が亡くなってからもずっと再婚していない。そのことが、今でも亡き妻を深く愛しているのだということを如実に表していた。
「シーラお嬢様は……亡き大奥様に少し似ていますね」
「こ、こんな綺麗な人に……私がですか?」
ローガンの側仕えは、クスクス笑いながらはいと頷いた。
お世辞だろうけど、何だか悪い気はしなかった。シーラは気品溢れる優雅な祖母の絵を、しばらくじっと眺めていた。
「さぁ、そろそろ行きましょうお嬢様。大旦那様がお待ちしておりますよ」
「ええ、今行きます」
その呼びかけでシーラは我に返ったように、側仕えの後についてローガンの元へと向かった。
***
ローガンはシーラと最初に出会った庭園で、彼女を待っていた。
シーラが来るまで読書をしていた彼は、足音に気付いて顔を上げた。
――彼女を視界に入れるなり、ローガンの表情は柔らかくなった。
「シーラ、部屋は気に入ったか?」
「はい、とても素敵な部屋をありがとうございます」
シーラは彼の正面に置かれていた椅子に座りながら、返事をした。
心地の良い夏の日差しが、シーラとローガンの二人を暖かく照らした。
(そういえば、もう夏が来ているのね……)
凍えるような冬に亡くなったシーラは、もうすっかり雪が溶けた暖かい春に転生した。
だけど、不思議と暑いとは感じなかった。大自然に包まれているからかな、それとも優しいお祖父様が目の前にいるからか。
あの日に比べると、今はあまりにも幸せだった。
侍女から出された香りの良い紅茶を一口飲んだローガンが、落ち着いた様子で口を開いた。
「――ところで、ジェニファーの肖像画を見ていたと聞いた」
「……ご存知だったんですか」
ローガンは言葉を発することなく、コクリと頷いた。
ジェニファーとは、シーラの祖母の名前である。
――ジェニファー・アンダーソン先代侯爵夫人。
オリバーの実母でもある彼女は、まだ彼が子供の頃に夫と息子の二人を置いて亡くなってしまったという。
「お祖父様……お祖母様は、どのような方だったのですか?」
「……」
その問いに、彼はティーカップを持っていた手を宙で止めた。
開いている右の瞳が、動揺したように僅かに揺れ動いていた。
「知的で思いやりがあって太陽のように明るく……この世にいる誰よりも美しい女性だったよ」
「そ、そうだったのですね……」
ジェニファーの話になった途端、気のせいかローガンの表情が暗くなったように見えた。
やはり、最愛の妻が亡くなったことを今でも引きずっているのだろう。
しかし、彼の口から次に飛び出したのは、予期せぬものだった。
「彼女が亡くなってから……オリバーは塞ぎ込むようになってしまった……」
「お、お父様が?」
二人は最初から仲が良くないと思っていたが、そういうわけではなかったのだろうか。
ローガンは切なげに目を伏せると、消え入りそうな声でポツリと呟いた。
「オリバーがああいう風になったのは……全て私のせいだ」
「……」
お父様があんな風になったのは、お祖父様のせい?
どういう意味か尋ねようとしたそのとき、慌てた様子で屋敷の侍女がやって来た。
「お、大旦那様!大変です!」
「……どうした?」
ただ事ではないのを感じ取ったのか、ローガンが一瞬で表情を戻した。
一体何があったんだろう、とシーラは目の前で跪く侍女をじっと見つめていた。
彼女は額から汗を流しながら、まるで助けを求めるように声を張り上げた。
「―――アンダーソン侯爵様がいらっしゃっています!!!」
「………何だと?」
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