32 父の身勝手な怒り
シーラが祖父の家に行くということは、父オリバーには何も知らされていなかった。
どうせ止められるだろうと思ったシーラは、あえて父には伝えなかったのである。
彼女が出かけた後、ローガンから送られてきた手紙でそのことを知った父オリバーは怒りを露わにしていた。
「――シーラがアイツの元へ出かけただと!?何故お前たちは黙って見ていたんだ!」
「……」
オリバーはローガンからの手紙を破り捨て、使用人たちに向かって怒鳴りつけた。
いつも冷静沈着だった彼がここまで理性を失うのは珍しい。ローガンはオリバーの実父だったが、二人は昔からあまり仲が良くなかった。
それでも幼い頃は正義感の強い優しい父親が好きでもあった。その頃の気持ちなんて、今ではもう思い出すことすらできないが。
オリバーとローガンの不仲の決定打になったのは、彼がセレナとアメリアを侯爵邸に連れてきたことだった。
元々ローガンは家庭を顧みないオリバーに苦言を呈しており、彼はそんな父を煩わしく感じていた。
可愛げのない妻、会うたびに叱りつけてくる父、冷たい目を向ける使用人たち。
全て自分のせいではあったが、彼は次第に家庭を居心地が悪いと感じるようになった。
家庭で居場所を失くしたオリバーは、外で出会った穏やかで心優しいセレナに惹かれた。
彼女を愛人として別邸で囲い、数年後にはセレナが妊娠した。彼女が産んだ娘のアメリアは、セレナにそっくりでとても愛嬌のある子供だった。
少し前に本妻との間にも娘が産まれていたが、父親がいると思うとどうしても会いに行く気にはなれなかった。
オリバーはセレナとアメリアのいる別邸に入り浸り、本邸には帰らなくなった。
しばらくして本妻が亡くなると、彼はすぐに二人を侯爵家に迎え入れようとした。
それを猛反対したのがまさにローガンだった。葬儀の後、彼は父親と激しい言い争いをした。
いつも言い負かされてばかりのオリバーだったが、あのときだけはローガンに勝ち、彼は無事にセレナとアメリアを侯爵家に迎え入れることができた。
それからすぐ、ローガンは事故に遭い、本邸には来なくなった。
そのため、もう会うことも無いと思っていた。しかし、今になって自分たちに関わってくるとは、想像もしていなかった。
「シーラがアイツの家に泊まるだと……?」
親として、まだ成人前の娘の外泊を心配するのは当然のことだった。
しかし、このときオリバーが心配していたのはそこではなかった。
――アイツ、ローガンに何か変なことを言ったりしないよな……?
呆れたことに、オリバーは娘の安全より、シーラがローガンにオリバーのことを話すのではないかが不安だったのだ。
オリバーはたしかにアンダーソン侯爵家の当主だった。この家で彼に意見できる者などいない。
いや、一人だけいるではないか。
もう存在すらほとんど忘れていた前当主のローガンが。
ローガンはアメリアには一度たりとも会っていないにもかかわらず、何故かシーラのことは可愛がっていた。
そんなの変ではないか。彼はオリバーに子供たちを平等に愛せと言ったが、お前こそ偏愛しているだろう。
よくもオリバーに偉そうなことを言えたものだ。
ローガンの話で不機嫌になる彼に、執事は淡々と告げた。
「旦那様、お嬢様は大旦那様の邸宅に泊まられるそうです。今日はお帰りになられません」
「クソッ……」
オリバーはイラついた様子で荒々しく室内を歩き回った。
二度と関わることなど無いと思っていたのに、一体どこまでイライラさせれば気が済むんだ。
しかし、このままシーラの思い通りにさせておくわけにはいかない。
仮にローガンが絶大な権力を持っていようとも、今の侯爵家のトップはこの私なのだ。
彼はポールハンガーにかけてあった上着を手に取ると、使用人たちに短く命じた。
「馬車を出せ」
「……どちらへ行かれるつもりですか?」
またイラついた勢いで適当に外出するつもりなんだろう、とこの場にいる全員がそう思っていた。
しかし、オリバーの返答は予想斜め上を行くものだった。
「―――父上の元へ行く」
「な、何ですと……?」
オリバーが、自分からローガンの元へ向かうだと?
長年アンダーソン家に仕えている使用人たちは、二人の仲の悪さをよく知っている。
特にオリバーからローガンへ向ける嫌悪感は異常で、死に目にすら会いに行かないと断言しているほどだった。
使用人たちは全員が信じられないというように、呆然としたまま彼を見つめていた。
オリバーは不快感を募らせ、もう一度ハッキリと言い放った。
「聞こえなかったか?――シーラを連れ戻しに行くんだ」
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