30 祖父に会いに
長かった一週間が過ぎ、二連休となった。
シーラはこの日、王都を離れ、ある場所へと赴いていた。
王都にある家から馬車で三時間ほどかかる、王国の端に位置する田舎町。
そこは世間一般からはアンダーソン領と呼ばれる場所であり、幼い頃にシーラが何度も通っていたところでもある。
「何年ぶりかしら……」
シーラは自然の中でひっそりと佇む大きな家を見上げていた。
最後に来たのはまだ母親が生きていた頃――ずいぶん昔のことだが、変わったところが何一つない。
シーラは馬車から降り、一泊するための旅行用バッグを手に持って中に入った。
門の前にはアンダーソン家の騎士が一人立っていたが、何の迷いも無く彼女を敷地内に入れた。元より、こんな人里離れた田舎町では犯罪事件はほとんど起きない。
中に入ったシーラは、世話役の執事によって庭へと通された。
庭に設置されていた椅子には、一人の男性が座っていた。杖を両手で持ち、ハンチング帽をかぶっている老齢の男性だ。
足音に気付いたのか、彼はゆっくりと振り返った。
父親やシーラと同じ、紫色の瞳が彼女を真っ直ぐに捉えた。年を取ってもなお醸し出されるオーラに、シーラは一瞬だけビクッとした。
しかし、彼女を視界に入れた途端、険しかったその表情はすぐに柔らかくなった。
「――よく来たね、シーラ」
「……!」
愛に満ちた表情と優しい声で紡がれたその言葉は、彼女が記憶している過去の思い出と完全に一致していた。
シーラは感極まり、幼い子供のように彼に飛びついた。
彼はシーラを優しく受け止め、彼女はその胸で嗚咽を上げて泣き喚いた。
「会いたかった―――お祖父様……!」
***
――ローガン・アンダーソン侯爵。
アンダーソン侯爵家の前当主であり、現侯爵オリバーの父でシーラの祖父。正義感が強く、家族のことを大切にする穏やかな性格の人だった。
オリバーと全く同じ、黒い髪に紫色の瞳を持つ老齢の男性だ。
彼は幼少期から、オリバーと違ってシーラのことを大変可愛がってくれた。義理の娘である侯爵夫人との関係も良好で、むしろ疎遠になっていたのは実子オリバーの方だった。
ローガンはシーラが生まれた頃にはすでに侯爵邸に住んでおらず、領地にいた。年を取り、持病の悪化で、しばらく療養しなければならなかったからだ。
それでも時々彼女と遠路はるばる嫁いできた嫁の様子を見に、侯爵邸を訪れていた。今は亡き母にとっても、シーラにとっても彼はいつも心の拠り所だった。
そんな中、母親が亡くなり、葬儀にすら出席しなかった父親はすぐに愛人とその間にできた娘を侯爵邸に連れてきた。
そのときに最も反対したのが、まさにローガンだった。
『オリバー!!!お前は正気なのか!!!』
『………何がですか?』
オリバーは冷めた目で、煩わしいというように実の父を眺めていた。
ローガンはオリバーを厳しく叱りつけた。愛人を囲っていたことやシーラを放置していたこと、さらには本妻が亡くなってからすぐの再婚まで。
しかし、そんな彼の言葉も、オリバーには全く響いていなかった。
『父上……今の当主は私ですよ?父上がどれだけ反対なさろうと、この決定が覆ることはありません』
『な、何を……』
オリバーは呆然とする父親にゆっくりと近付き、その耳元で囁いた。
『――あなたが侯爵家の全てを決める時代は、もう終わったんです』
『……』
結局彼はローガンの反対を押し切り、愛人セレナと異母妹アメリアを強引に侯爵家の一員として迎え入れた。
そのことにローガンはかなり憤っていたが、父の意思は揺らがなかった。
―――そんな中、事件は起きた。
いつものようにローガンが侯爵邸から領地に帰っていたときのことだ。
道中、突然馬が暴れ始めたのだ。そのはずみでローガンは乗っていた馬車から投げ出され、体を地面に打ち付けた。
幸い一命を取り留めたが、彼は重い後遺症が残り、杖なしでは歩くことが不可能になった。さらには左目を失明し、ローガンは大怪我を負ってしまった。
そのせいで彼は今までのように、定期的に領地から王都へ来ることができなくなった。
ローガンが息子オリバーと激しい言い争いをしていたのは、まさにその前日のことだった。
そのため、アンダーソン家の屋敷内ではある噂が流れた。根拠も何もない、ただの噂に過ぎない。しかし、その噂が定着するまでそう時間はかからなかった。
―――ローガンを鬱陶しく感じた息子のオリバーが、あの事故を仕組んだのでは……?
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