24 ヘンドリックの怒り
シーラが生徒会のメンバーと楽しく昼食を摂っていた頃、アカデミーの学生食堂では、ヘンドリックが一人声を荒らげていた。
「一体誰がやったんだ!!!」
彼は怒声を上げながら、周囲にいた生徒たちを鋭く睨み付けた。
ヘンドリックのあまりの剣幕に、生徒たちは慌てて目を逸らした。彼らはただ昼休みを友人と楽しく過ごしたかっただけだ。
何故このような事態になったのか。
王国屈指の名門公爵家の令息であるヘンドリックを止められる人間は、少なくとも今ここにはいなかった。
彼の後ろでは、デイジーが華奢な体を小刻みに震わせて涙を流している。
彼が怒り狂っている原因がまさに、彼女だった。
ヘンドリックはデイジーのことになると、よく理性を失ってしまう。
この学園に通っている生徒ならば誰もが知っていることだった。彼女に対する彼の深い愛を。
彼をじっと見ていることしかできない生徒たちが、ヒソヒソとバレないように話し始める。
「誰か……誰かレイヴィス公子を落ち着かせられないのか……」
「無理よ……公爵家に睨まれたら生きていけないわ……」
「アルヴィン殿下や生徒会の誰かがいてくれたらな……」
あいにく、彼を止められるであろう生徒会メンバーは全員この場にいなかった。
教師たちもちょうど席を外していて、食堂にいた生徒たちは絶望を感じていた。ヘンドリックの真っ赤な瞳が血走り、今この場にいる一人一人をしっかりと捉えた。
お前がやったのか?とまるで詰問でもされているかのような気分で、生徒は体をゾクッと震わせた。
誰もが早くこの場から逃げ出したいと思っていたが、そんなことをしてしまえば一瞬で犯人だと認定されてしまう。そのため、彼らは動くこともできずにいた。
そのとき、後ろに控えていたデイジーが彼の腕にしがみついた。
「ヘンドリック様……」
「デイジー……!」
ヘンドリックは涙を流し続けるデイジーをその胸に抱きしめた。
彼女の足元には、ズタズタに引き裂かれたドレスが無惨にも転がっていた。
そう、デイジーが泣いている原因はまさにそのドレスだった。
彼女によく似合いそうな青色の清楚なドレス。
それは今は亡き、デイジーの母親が彼女のために特別に作ったたった一着のドレスだった。
デイジーはこの日の放課後、ヘンドリックと近いうちに行われるダンスパーティーの練習をするという約束をしていた。そのために、当日着たいと思っていたドレスを持ってきていたのだ。
しかし、大事にカバンに閉まっていたはずのドレスはいつの間にか無くなっていた。デイジーは探し続け、食堂の隅に置かれていた掃除用のバケツの中に入れられているドレスを発見した。
彼女の大切なドレスは引き裂かれ、汚されていた。
デイジーは泣き崩れ、状況を把握したヘンドリックが食堂にいる全員を問い詰めたのだ。
「お前らの中の誰かがやったんだろう……!」
「……」
誰も何も答えない。
そりゃあ、はいやりましたなんて素直に言う人間はいないだろう。
しかし、だからといってヘンドリックも引き下がることなどできなかった。愛するデイジーが泣いているのだ。何が何でも犯人を捕まえてやる――と彼は意気込んでいた。
この状況に痺れを切らしたのか、ヘンドリックは近くにいた男子生徒の胸倉を掴んだ。
顔を限界まで近づけ、凄みを効かせる。
「お前がやったんだろう?さっさと正直に言え」
「ち、違います……!」
男子生徒は真っ青な顔で震えながらも、必死で首を横に振り続けた。
そもそも彼は第一学年でデイジーとは関わったことも無いため、そんなことをしたところで何のメリットも無い。そんな簡単なことがわからないほど、ヘンドリックはまともな考えができなくなっていた。
ヘンドリックは周囲に当たり散らしながら、躍起になって犯人捜しを続けた。
いつもクールな彼からは想像もできない姿だった。
次は自分に来るのではないか、と生徒たちは気が気ではなかった。
そんな中、勇気を振り絞って一人の男子生徒が声を上げた。
「や、やったのはきっと―――シーラ・アンダーソン令嬢ですよ!」
「……………………何だと?」
ヘンドリックはすぐ傍に座っていた彼に視線を向けた。
シーラと同じD組の生徒であり、彼女を毛嫌いしていたうちの一人だった。
「デイジー令嬢にそんなことをして得をするのは、アンダーソン令嬢しかいません!デイジー令嬢が愛されているからって、嫉妬したんですよ!」
「……」
彼は何とか自分に嫌疑が向くのを避けたかった。
そのために、やってもいないシーラに罪を擦り付けたのだ。
他の生徒たちもそれを非難するどころか、我が身可愛さに口々に叫んだ。
「そ、そうですよ!きっとあの女が嫉妬に狂ってやったに違いないわ!」
「そうだ、アンダーソンがやった!」
「犯人はあの女しかいない!」
彼らにとって、誰がやったかなどどうでもよかった。ただ、自分が疑われることだけは避けたいのだ。
そして彼らは、シーラを犯人に近付けるために虚偽の証言すらするようになった。
「私、アンダーソン令嬢がデイジー令嬢のドレスを引き裂いているところを目撃しました!」
「ぼ、僕も見ました……!シーラ嬢がA組の教室にこっそり入って行くところを!」
「私も!」
「俺も!」
次々と生徒がシーラを犯人だと証言するその様を、ヘンドリックは呆然と眺めていた。
自身が最も嫌悪するあの女が、最愛のデイジーを傷付けたと知り、彼は怒りを通り越してアハハッと笑い声を上げた。
――絶対に逃がさない。
彼の脳裏に、弁当を蹴飛ばしたときの記憶が浮かび上がった。あのときもシーラはデイジーを虐げていた。一体何度、自分たちの恋路を邪魔すれば気が済むのか。
「あの女……どこにいやがる……」
その瞳に宿っていたのは、底知れぬ憎しみ。
彼はデイジーをその場に置き去りにし、一人駆け足で食堂を出て行った――
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