18 お気に入りの品物
翌日、彼女はいつものように朝の五時に起床した。
前世、シーラは平日はいつもヘンドリックの弁当を作るために家を出る二時間前に起きていた。
しかし、今世ではもうそんなことはしない。
何より、ヘンドリックは毎回彼女の作った弁当に手を付けず、捨てていたのだ。
毎日のようにゴミ箱に捨てられているシーラの弁当は、学園内では一種の名物ともなっていた。
今日はどこのゴミ箱に捨てられているか、そんなくだらないことで賭けをする生徒までいたほどだ。
「いつもの癖でこの時間に起きちゃったわ……」
昨日は早く寝たこともあって、今はこれ以上眠れそうにない。
シーラは自らの手で着替えを済ませ、顔を洗い、学校へ行く準備をした。
「今日の授業は……この教科書が必要ね」
いつも前の日に済ませてしまうことだったが、昨日は色々なことがありすぎて余裕が無く、明日の準備までしている暇が無かったのだ。
数種類の教科書とノートをカバンにしまい、最後にお気に入りのペンケースを手に取った。
「……あら、土の汚れがついているわ」
シーラが使っている白く細長いペンケースは、彼女が人生でたった一度だけ遊びに行った王都で購入した思い出の品だった。
シーラは親しい友人がいないので、今まで遊んだことがほとんど無かった。
両親からは勉学に励むことばかりを望まれていたせいか、ずっと勉強ばかりをしてきたのだ。
しかし、彼女は頭こそよかったが、元々天才だというわけではない。どれだけ努力しても、成し遂げられないことはある。
『こんな悪い順位でよくも私の前に来ることができたな』
第一学年の冬に行われた期末テストで、シーラはいつもよりも悪い順位を取ってしまった。いつもより悪いといってもトップ十以内には入っていたが、完璧を求める父親は五位以内に入らないと満足しない性格だった。
父はシーラに呆れたような目を向け、復習が終わるまで外へは出るなと言いつけた。
――シーラはそんな父に、初めて反抗心を抱いた。
『お父様はいつも私を縛り付けてばかり……!少しくらい、自由にさせてよ……!』
シーラは父の言いつけを守らず、一人侯爵邸を飛び出した。
家を出るところを何人かの使用人たちが目撃していたものの、父に報告が行くことは無かった。
そんな彼女が向かったのは、まさに多くの人で賑わう王都だった。
『わぁ……!ここが王都の中心なのね……!』
いつも馬車の中から見ているだけの王都は、実際に降り立ってみると煌びやかで素敵な場所だった。
この場所が、オルティネス王国の首都であり、すべての中心。
シーラは時間も忘れて王都の中を歩き回った。
貴族令嬢が護衛も付けずに王都を歩くなど、普通はあり得ないことだった。
しかし、そんな無防備な姿だったのが功を奏し、彼女がアンダーソン家の令嬢だと気付く者は誰一人いなかった。
『わぁ、とっても可愛いペンケース!』
そんな中、彼女は王都にある店に売られていたペンケースに目を引かれた。
シーラは学校で使う備品など、自分で選ぶことができなかった。いつも誰かが用意したものを使い、どんなに気に入らなかったとしても我慢しなければならなかった。
だが、ちょっとくらいは自分が欲しいものを買ってもいいのではないか。
(私ももう十五歳になったんだし!買っちゃおう!)
シーラはペンケースを店に立っていた店員に渡した。
『これください』
『はい、かしこまりました。あら、とっても可愛いリボンを着けていらっしゃるのですね』
『えへへ、ありがとうございます』
その瞬間、彼女は年相応にはにかんだ。
シーラにとっては、今まで感じたことの無いくらいに幸せな時間だった――
彼女は思い出のペンケースをじっと眺めた。土で汚れているが、彼女が初めて自分の意思で買った大切なものだった。
「物も人間と同じ……大切にしないとすぐに壊れちゃうから……」
シーラは丁寧にケースをハンカチで拭き始めた。
ある程度の汚れが取れたところでカバンにしまうと、彼女は部屋を出た。
すれ違う使用人たちが、ニコッと笑ってシーラに挨拶をした。
気のせいか、いつもよりも表情が柔らかかった。昨日あんなことがあったからだろうか。普段より親切にされているような気がする。
「お嬢様、今日もお早いですね」
「ええ、お弁当を作ろうと思って」
シーラは厨房に入ると、いつものように弁当を作り始めた。
当然、ヘンドリックの分は作らない。自分で食べる分だけだ。
三十分ほどかけて簡単なものを作り終えると、おかずを弁当箱に詰めて蓋を閉めた。
今日も自身の好きなもので埋め尽くされている。彼女の学園生活のやる気の源となってくれているのだ。
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
「ええ、いってきます」
彼女は軽く挨拶をすると、弁当を大事にカバンに閉まって邸を出た。
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