17 変わっていく周囲
シーラは誰もいなくなった裏庭で、一人弁当を片付けていた。
かなり強い力で蹴られたようだが、不幸中の幸いか、弁当箱は壊れていなかった。
彼女は飛び散った中身をかき集め、近くにあったゴミ箱に捨てた。
「せっかく作ったのになぁ……」
全部捨ててしまうだなんて、何て勿体ない。
幼い頃、義母からろくに食事も与えられなかった時期があったせいか、シーラは食べ物のありがたみというものをよくわかっている。
しかし、地面に落ちてしまった以上食べることはできない。
裏庭の掃除を終えた彼女は、一人来た道を戻り始めた。
楽しみにしていた弁当の時間は、ヘンドリックの手によって台無しになってしまった。
お腹が空いているけれど、あいにく今は他に何か買って食べようという気分にもなれなかった。
「アンダーソン令嬢だぞ」
「浮かない顔をしているわね」
「どうせ今日もあのマズそうな弁当を捨てられてしまったのよ」
クスクスと生徒たちが嘲笑する声が聞こえる。
シーラは一度立ち止まり、彼らのほうを振り返った。ニッコリと、どこか不気味な笑顔で。
「……何か、おっしゃいました?」
「……な、何も言ってねえよ」
シーラに陰口を叩いていたのは、伯爵家の令息だった。
伯爵令息風情が、侯爵令嬢を侮辱するとは何様なのか。アンダーソン家の令嬢を前に、流石に直接は言えなかったのだろう。彼は慌てたようにその場から立ち去った。
「他の方たちも……言いたいことがあるなら、直接おっしゃってくださいね?」
「……」
全員が彼女を蔑んでいた口を閉ざした。
結局、人を虐めるようなヤツらは心が弱いのだ。
(こんな人たちに今まで好き勝手させていたと思うと……何だか自分に腹が立ってくるわね)
その後、シーラは何事も無かったかのように午後の授業に出席した。
***
六限が終わり、アカデミー内にチャイムが鳴り響いた。
(ようやく終わったわね……)
長いようで短い、彼女の二度目の学園生活初日は無事に終えることができた。
もっとも、一生懸命作った彼女の弁当は無事ではなかったが。
「アンダーソンさん、また明日ね」
「はい、先生」
シーラを気に入っている担任教師が、みんなの前で彼女に向かって手を振った。
そんなことをしたら、余計にシーラが立場を失くしてしまうだけだということはわかっているはずなのに。それでも彼女は一向にやめようとしないのだ。
傍から見れば、明らかにシーラだけを贔屓にしているように見えるだろう。
「アイツ、また教師に媚び売ってんのかよ」
「まじでムカつく、性悪な醜女のくせに」
「先生たちはあの女の裏の顔を知らないんだ」
クラスメイトたちは、今日も彼女に聞こえるように陰口を叩いた。
シーラは彼女たちに特に何かしたというわけでもない。ただ、彼らは気に入らないからとそんなことを言うのだ。彼らにとってシーラが絶対的な悪役であるのは、いつものことだった。
――だけど、今世では僅かな変化があった。
「ちょっと、そんなふうに言うことないでしょう?」
「そうよ、アンダーソン令嬢が可哀相だわ」
「……!」
シーラを庇うような発言をしたのは、一限で話したミリアたちだった。
彼女たちがシーラの肩を持ったのは、おそらく好感度がアップしたからだろう。
「性悪とか言ってたけど、あなたたちの方がよっぽど性格が悪いわよ?そうやって大勢で一人を罵ることしかできないのね」
「そうよ、アンタのが最低だわ」
ミリアたち三人から詰められ、シーラを罵倒していた男子生徒たちは狼狽えた。
「な、何だよお前らみんなして……」
貴族のご令嬢の冷ややかな視線に耐えられなくなったのか、とうとう彼らは逃げるように帰って行った。
(……彼女たちには、後でお礼を言わないとね)
シーラは彼らの後に続いて、カバンを持って教室を出た。
アンダーソン家の馬車に乗り込んだシーラは、いつものように王都の街を駆け抜けて侯爵邸まで帰った。
帰宅した彼女を、大勢の使用人たちが出迎えた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ただいま、みんな!」
家族たちとは違い、使用人たちは彼女を優しい笑顔で迎え入れた。シーラは使用人たちに挨拶を返しながら、邸宅の中へ入って行った。
「お嬢様、今日はどのようなことをしていたのですか?」
「今日はね、グループで話し合いをしたのよ」
「そうだったのですね、お嬢様にお友達ができたようでよかったです」
「まだ友達ってほどじゃないんだけど……」
友達と言われ、彼女は照れたように笑った。
クラスメイトたちとの関係も、使用人たちとの関係も、間違いなく良い方向へ進んでいた――
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