16 使用人の助け
その瞬間、シーラの前にピロロンッという音と同時に、画面にある文字が映し出された。
――『カードを使用しました』
その文字が映されてしばらくすると、スクリーンが跡形もなく消えた。
それに反応したのは、家族たちの中で彼女だけだった。
どうやら、その画面はシーラにしか見えていないようだった。
黙り込む彼女に、とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、父親が拳でドンッとテーブルを叩いた。
「シーラ、いい加減にしないか!もういい、お前は今日一日謹慎処分とする!さっさと連れて行け!」
「お、お父様……!待ってください……!」
(ちょっと、いくらアメリアを悲しませたからってそこまでする!?)
何がいけないのかわからないため非を認めるつもりは無いが、流石に謹慎は困る。気軽に外に出られなくなってしまううえに、常に監視の目に晒されることとなるのだ。
たかが数時間と思うかもしれないが、それがかなりのストレスであることをシーラはよく知っていた。今までだって、何度も父親にされてきたからだ。
そんなの、とても耐えられない。
父親は椅子から立ち上がり、強い口調で再び使用人たちに命じた。
「何をしている、さっさとつまみ出さないか!」
「……」
しかし、その命令に晩餐室にいた使用人たちは誰一人として動かなかった。
それどころか、当主である父を軽蔑するような目で見つめている。いつも機械のようだと感じていた彼らが、そのように感情を露わにするところをシーラは初めて見た。
「お、お前たち……」
蔑むようなその視線に、父も気付いているのだろう。いつも冷静な姿からは想像もできないほどに狼狽えている。
「――旦那様」
そこで前に出たのは、先代の頃からアンダーソン家に仕える老齢の執事長だった。
この屋敷にいる全使用人たちの中で、最も権力を持つ、使用人のリーダーのような存在だ。
先代侯爵――現侯爵の実の父親からの信頼も厚く、彼のことも幼い頃から見てきている。
「――お言葉ですが、いくら旦那様の命とはいえそのようなことはできません」
「な、何だと!?お前たちは主である私の命令も聞けないのか!?」
使用人風情が当主に反旗を翻すなど、本来ならばあり得ないことだった。
雇われている身である以上、普通ならその時点で彼らは即刻解雇だ。
しかし、そう簡単にできないのはきっと彼が先代から深く信頼されていた執事であるからだろう。
彼はこの邸で唯一、父にも意見ができる人物だった。
「旦那様、先代の旦那様がおっしゃっていたことをお忘れですか?」
「な、何を……」
先代の旦那様とは、まさに彼の父親――シーラにとっては祖父にあたる人だった。
しかし、シーラは数回しか祖父母とは会ったことが無く、それもかなり幼い頃だった。彼女が生まれる前に不慮の事故で大怪我を負い、今は領地で療養中だと聞くが、正義感の強い素敵な方なのだという。
何でも父が義母セレナと再婚する際に猛反対していたのがまさに祖父で、その一件がきっかけで彼は父と完全に繋がりを断つようになった。
そのせいか、父は祖父の話を出されるといつも不機嫌そうな顔になるのだ。
「いかなるときも理性的に行動しろと。片方の意見だけで物事を判断してはいけないと、そうおっしゃっていませんでしたか?」
「ッ……」
先代侯爵だった祖父は領地で暮らしてはいるものの、父にとっては永遠に頭が上がらない相手だった。
実際、同居していた頃はかなり折り合いが悪かったと聞く。
「旦那様は今、アメリアお嬢様の意見しか聞いていませんでした。同じ娘であるというのに、シーラお嬢様の意見は無視なさるのですか?」
「……」
正論に、父は言い返すこともできないようだった。
執事長は追い打ちをかけるようにさらに言葉を続けた。
「お嬢様は手を上げたわけでも、卑劣な言葉を浴びせたわけでもありません。それなのに謹慎とは、いくら何でも処分が重すぎるのでは?」
他の使用人たちも同じ意見だったのか、コクコクと頷いてみせた。
この場にいる全員、義母とアメリア以外が執事長に賛同を示していた。
「……いつまでも、いなくなった人間のことをチラつかせるとはな」
父はチッと舌打ちをしながら呟いた。
しかし完全に言い負かされてしまったようで、結局シーラへの謹慎を強行することはしなかった。彼が落ち着きを取り戻した今がチャンスだと思い、シーラは遠慮がちに口を開いた。
「お父様……さっきのは誤解です。ただナイフが手から滑り落ちてしまっただけで、アメリアの発言に対して何か思うところがあったわけではありません」
「……そうか」
彼女は次に、アメリアに視線を移した。
「アメリア、気を悪くさせちゃってごめんなさいね」
「い、いいえ……いいのよ、お姉様。誤解が解けたんだから」
シーラは口元をナプキンで軽く拭くと、そのまま椅子から立ち上がった。
最後の最後まで礼儀正しく、まるで淑女の鑑のようだった。みっともなく声を荒らげたりもしない、あまりにも完璧なその姿に、義母は悔しそうに唇を噛んだ。
「食べ終わったので、私はここら辺で失礼します。アメリア、勉強会の話はまた今度ね」
「ええ……お姉様」
彼女は三人に向けてカーテシーをすると、そのまま部屋を出て行った。
シーラ自身は何もしていないものの、どうやら上手く切り抜けられたようだ。
それも全て、彼の命令に逆らった執事長たちのおかげである。
彼らが父の命令に背くところを、シーラは初めて見た。たしかにあの場で謹慎はやりすぎだったものの、彼らの立場を考えれば大人しくシーラを連れて行くのが正しい。
しかし、執事長たちはそれをしなかった。
彼女の脳裏をよぎったのは、ついさっき目にした一枚のカードだった。
(あのカード……一体何だったのかしら?)
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