15 ゲームオーバー
シーラは晩餐室の大きな扉を勢いよく閉めた。
バタンッと大きな音が鳴り、彼女はそのまま走り出した。
(どうして、どうして私がいつも悪者になるの!)
侯爵邸の廊下を、早足で駆け抜ける。
すれ違う使用人たちが、驚いたような顔でシーラを見つめた。
いつも冷静沈着な彼女のことを思えば、このような行動を取るのはあり得ないことだった。
使用人たちはそんなシーラの姿に眉をひそめ、ヒソヒソと噂話をし始めた。
『あら、シーラお嬢様よ。きっとまた奥様や旦那様に煙たがられたんでしょう』
『いつまでここに居座るつもりかしら……いたところで何の役にも立たないんだから、さっさと出て行けばいいものを』
もちろん、使用人たちが本当にそのようなことを言っていたわけではない。
この世の全てに絶望したシーラは、幻聴が聞こえるようになっていたのだ。
当然、彼女はそんなこと気付きもせず使用人たちが言ったことだと決めつけてただ逃げるように走り続けていた。
(もう嫌……この世からいなくなりたい……!)
このままどこか遠い、ヘンドリックもデイジーもアメリアも両親も誰もいないところへ行ってしまいたい。
自分のことを知っている人が誰もいない、遠い遠い国に。彼らがいないのなら、別に死後の世界でもかまわない。
やっぱり神様なんていないのよ。
いたとしたら、私をこんなにも残酷な世界に戻すわけがないもの。
どうして?どうして全員こんなにも私に冷たくするの?
いつも私を悪人だと言い、そのことを疑いもせず、全員が私を責める。自分がどれだけ変わったところで、あの人たちは何も変わらない。
――こんな狂った世界から、今すぐに逃げ出したい。
そんな彼女の切実な願いは、予想だにしない形で叶うこととなる。
「ッ……」
泣き喚きながら走り続けていたシーラは、階段に差し掛かっていたことに気が付かなかった。
自身の体が宙に浮き、彼女はそのまま屋敷の大階段から転げ落ちた。
「キャアアアアアアアアアッ!」
シーラは物凄い勢いで、階段から落ちて行く。近くにいた侍女の一人が慌てて手を伸ばすものの、時すでに遅し。
体中を打ち付けながら落下し、彼女はようやく階段の下にある壁にぶつかって制止した。
「あ……う……」
最後に壁に額を打ち、頭から血が流れ出た。その頃にはもう、シーラは意識を保っていることも難しかった。
全身を強打し、自力で立ち上がることすらできそうにない。侍女たちのキャーという叫び声が遠のいていく耳に入る。
シーラはあの日のように、自らの命が消えかかっていることをすぐに悟った。しかし、不思議と悲しくはなかった。こんな世界に生きている意味なんて無いからだ。
(私……ようやく死ねるのね……)
死の間際、彼女の目の前にあるものが浮かび上がった。
青いスクリーンのような画面に、ハッキリと文字が浮き出る。
――『ゲームオーバー。最終クリア地点までリセットします。なお、条件をクリアしたので次のゲームでは使えるカードが一つ増えました』
(ゲーム?一体何のこと?)
シーラは薄れゆく意識の中、呆然としたまま画面を眺めていた。
しばらくすると文字は消え、代わりにタロットカードのような一枚の札が映し出された。
――『新カード”使用人たちの情”』
カードには侍女服を着た女性が、泣いている幼い少女に手を差し伸べている姿が描かれている。
黒い髪をしている少女は、よく見ると誰かに似ている。
しかし、今の彼女は猛烈な痛みでそのようなことを考えている余裕は無かった。
彼女はゆっくりと瞼を閉じ、二度目の生涯を終えた。
だが、今回もまたあの世へ行くことはできなかった。
「――ラ、シーラ、聞いているのか?」
「……!」
―――目が覚めると、彼女は晩餐室にいた。
周囲には、鋭い眼差しで自身を射抜く父と義母。
(…………もしかして、また戻ってきたの?)
理解が追い付いていない彼女を、家族たちが問い詰める。
「シーラ、何か言うことは無いのか?」
「アメリアはあなたのことを姉として慕っているのよ?どうしてそんな仕打ちができるのよ」
「お姉様……私はただお姉様と仲良くなりたいと思ってただけで……」
再び浴びせられる、刺すような視線。
それはついさっき彼女の身に起きたことと全く同じだった。むしろ、夢であればどれほどよかっただろうか。
シーラはじっと、ただ目の前にいる家族たちを見つめ返した。
本当に時が戻ったというのか。一度だけならまだしも、二度目だなんて到底信じられない。
(そういえばさっき、ゲームオーバーって書いてあったわ……)
シーラは冷静に、死ぬ寸前に起きた出来事を思い浮かべた。
突然彼女の前に現れた画面、謎の文字。一度目の回帰には無かったことだった。
呆然とする彼女に痺れを切らしたのか、父親が怒鳴りつけた。
「シーラ!!!いい加減何か言わないか!!!」
「……!」
父の見えないところで、義母がニヤッと醜悪な笑みを浮かべた。
(この人たちは本当、何度回帰しても全く変わらないんだから……!)
シーラは言い返してしまいそうになったのを、寸でのところで耐えた。もし、言い返して再びあのような結末を迎えてしまったとしたら?再び時は戻り、彼女は同じ場面を繰り返すこととなるだろう。それだけは御免だった。
(……どうしよう、何を言えば)
困り果てていたそのとき、彼女の目の前に再びあの画面が現れた。
―――『ピンチ!カードを使用しますか?
使用できるカード:使用人たちの情 残るカードはあと四枚です
条件をクリアすることによってカードは解放されます』
カード?使用人?
何のことかよくわからなかったが、シーラは咄嗟の判断でカードを使用するを選択した。
ええい、もうどうにでもなれ―――――!
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