14 家族の晩餐会
七時になり、シーラは準備を済ませて晩餐室へと向かった。
制服から室内用のドレスに着替え、両親とアメリアが待っているであろう部屋へと歩き続ける。
その足取りはとても軽いとは言えず、気持ちはどんよりと沈んだままだった。
晩餐室へと続く扉の前に立つと、何とも言えない憂鬱な気分になった。
(三年ぶりくらいかな……)
ヘンドリックと結婚してからというもの、アンダーソン侯爵邸には一度も帰ることなく、家族とも会っていなかった。
シーラが結婚して家を出て行ったあと、きっと家族たちは彼女のいないところで幸せを噛みしめていたのだろう。彼女さえ生まれてこなければ、彼らはもっと幸せでいられたはずだから。
(いつまでもここで突っ立っていても仕方が無いわ……さっさと行きましょう)
シーラは自分より背の高い大きな扉をゆっくりと押して開けた。
中にいた三人の視線が、一斉にこちらに集中する。彼女の訪れに眉をひそめる義母、表面だけは嬉しそうな顔をする異母妹、そしていつも通り表情を変えない父親。全員が全く違う反応だった。
「シーラお姉様!お姉様のことを待っていたんですよ!」
「……遅れてしまい、申し訳ありません」
シーラは扉の前で軽く一礼すると、いつも座っていた父親の斜め左に腰を下ろした。
家族揃って食事をするのも久々だった。もっとも、シーラにとってはとても家族とは呼べないような人たちだったが。
テーブルの上には高級なフレンチのコースが並べられている。とても平民には手の届かないようなものだが、シーラは特に食欲をそそられなかった。
(食べても胃が痛くなりそう……)
一緒に食べるのがこの三人であれば、せっかくの食事も楽しくなくなる。
シーラにとって唯一の憩いの場は、アカデミーの人気の無いところで一人お手製のお弁当を食べているときだった。
「お姉様、学園生活は上手くいっているの?」
「……ええ、まあまあかしら」
向かいに座っていたアメリアが明るい声でシーラに尋ね、彼女は食べながら軽く返事をした。
早く食べ終えてしまえば、この苦痛に満ちた時間もきっとすぐに終わってくれる。
「それでね、昨日は新しい友達ができたのよ」
「そうか、楽しそうで何よりだ」
「アメリアは愛想が良いからね、万人に好かれるのよ」
永遠にベラベラと喋り続けるアメリアのことなど気にも留めない。自分は早く食事を終えて、そのまま何事も無く自室へ戻る。
そう思っていたのに――
「そうだ、お姉様。今度お勉強を教えてくれない?」
「………勉強を?」
突然のアメリアの発言に、シーラは思わず固まってしまった。
(どうして私があなたに……)
アメリアの言いたいことはわかっている。いつもテストで上位を取っているシーラに個人的に勉強を教えてほしいのだろう。
本音を言ってしまえば、断りたかった。
しかし、両親の目がある以上そうすることはできない。
シーラは嫌々だったが、その頼みを受け入れることを決めた。
しかし、そんな彼女の返事を待たずして、アメリアが言葉を続けた。
「そうだわ、私とっても良いことを考えた――ヘンドリック様も呼びましょうよ」
「……ヘンドリック?」
予期せぬ人物の登場に、シーラは思わず顔を上げた。
何故ヘンドリックが出てくるのか。
勉強を教えてもらいたいのなら姉のシーラに頼めばいいだけの話なのに、何故赤の他人を巻き込もうとするのかが理解できない。
「ヘンドリック様なんて毎回テストで一位を取っているでしょう?ねぇ、お姉様からヘンドリック様に頼み込んでくれないかしら?」
「……」
同じ学園に通っているアメリアは、シーラの置かれた状況やヘンドリックとデイジーの関係についても当然知っている。
いや、知らない生徒なんてまずいないはずだ。
(あなたはあのときのように……また私を貶めるような真似をするの……?)
その瞬間、シーラの手に握られていたナイフが食器の上に滑り落ち、ガシャンッと大きな音を立てた。
「――シーラ!!!」
我に返ったときには、すでに遅かった。
アメリアが恐怖で体をプルプルと震わせながら、シーラを見ている。
「あ……」
父と義母の責めるような眼差し。
義母は震えるアメリアを、シーラから守るようにその胸に抱きしめた。
「あなたったら、そんなに怒るほどのことじゃないでしょう!?」
「お義母様……私はそのようなことは……」
ただ驚いてナイフを落とし、それが音を立てたというだけだった。
しかし、それを父と義母、そしてアメリアはシーラが怒って食器を叩いたと勘違いしたのだ。
「たった一人の妹に、何故優しくできないんだ?」
「お父様……」
父がギロリと、鋭い視線でシーラを見つめた。
シーラには最初から、弁解する余地すら与えられていなかった。
(人の話を聞かないのはヘンドリックと同じなのね……)
彼女はどれだけ言っても無駄だと思い、ゆっくりと席を立ち上がった。
食事をすべて食べ終えた頃だったからちょうどいい。
「お父様、お義母様。私は決して怒っているわけではありません」
「……何だと?」
座っている父親を、シーラは力強い目で見下ろした。
普段は気弱で従順な娘だった彼女の変貌に、父は呆気に取られていた。
「ただナイフを落として食器にぶつけてしまっただけです。それを何故そんな風に捉えるのかが私にはわかりません」
「親に向かって何という口の利き方を……!」
気に食わないのか、父がピクリと眉を上げた。
勘違いなどという軽い言葉では済まされない。その一言で片づけることなどできないほど、シーラの心はすでに深く抉られていたからだ。
シーラは冷たい口調で吐き捨てた。
「そんな風に言われるのであれば、私は勉強を教えてほしいというアメリアの頼みを受け入れられません」
「ま、待ちなさいシーラ!」
父は慌てて彼女を引き留めたが、シーラはその声を無視して部屋を出て行った。
読んでくださってありがとうございます!
ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!




