13 止まない罵声
シーラは誰もいなくなった裏庭で、一人弁当を片付けていた。
かなり強い力で蹴られたようだが、不幸中の幸いか、弁当箱は壊れていなかった。
彼女は飛び散った中身をかき集め、近くにあったゴミ箱に捨てた。
「せっかく作ったのになぁ……」
全部捨ててしまうだなんて、何て勿体ない。
幼い頃、義母からろくに食事も与えられなかった時期があったせいか、シーラは食べ物のありがたみというものをよくわかっている。
しかし、地面に落ちてしまった以上食べることはできない。
裏庭の掃除を終えた彼女は、一人来た道を戻り始めた。
楽しみにしていた弁当の時間は、ヘンドリックの手によって台無しになってしまった。
お腹が空いているけれど、あいにく今は他に何か買って食べようという気分にもなれなかった。
「アンダーソン令嬢だぞ」
「浮かない顔をしているわね」
「どうせ今日もあのマズそうな弁当を捨てられてしまったのよ」
クスクスと生徒たちが嘲笑する声が聞こえる。
いつもは大して気にしていなかったはずの罵詈雑言が、今日に限ってやけに彼女の胸に突き刺さる。
シーラは耐えられなくなり、とうとうその場に座り込んでしまった。そんな彼女に手を差し伸べる者など、誰一人としていない。元々嫌われ者なのだから、そうなるのは当然だ。
(やっぱり、みんなが私を嘲笑っているわ)
ちょっとミリアやアルヴィンたちに親切にされたからって、調子に乗りすぎていたのだ。前世でも彼女の味方なんて一人もいなかった。
――変に勘違いするのはやめよう、ただ虚しくなるだけだ。
シーラは目に滲んでいた涙を手で拭い、ゆっくりと立ち上がった。
人前で泣くわけにはいかない。そんなことをしたら、それこそ彼らの思う壺だからだ。
その後、シーラは何事も無かったかのように午後の授業に出席した。
***
六限が終わり、アカデミー内にチャイムが鳴り響いた。
(ようやく終わったわね……)
長いようで短い、彼女の二度目の学園生活初日は無事に終えることができた。
もっとも、一生懸命作った彼女の弁当は無事ではなかったが。
「アンダーソンさん、また明日ね」
「はい、先生」
シーラを気に入っている担任教師が、みんなの前で彼女に向かって手を振った。
そんなことをしたら、余計にシーラが立場を失くしてしまうだけだということはわかっているはずなのに。それでも彼女は一向にやめようとしないのだ。
傍から見れば、明らかにシーラだけを贔屓にしているように見えるだろう。
「アイツ、また教師に媚び売ってんのかよ」
「まじでムカつく、性悪な醜女のくせに」
「先生たちはあの女の裏の顔を知らないのよ」
クラスメイトたちは、今日も彼女に聞こえるように陰口を叩いた。
シーラは彼女たちに特に何かしたというわけでもない。ただ、彼らは気に入らないからとそんなことを言うのだ。彼らにとってシーラが絶対的な悪役であるのは、前世でも変わらないことだった。
―――ここは何とも、狂った世界だった。
彼女は罵詈雑言を浴びせられながらも、気にしないフリをして学園を出た。
いちいちそんなものに反応していたらキリがない。
ヘンドリックによる拷問からの死を一度経験した彼女は、生きてさえいればいいと歪んだ考えを持つようになったのである。
(あの公爵邸で受けた仕打ちに比べたら、こんなものどうってことない)
アンダーソン家の馬車に乗り込んだシーラは、いつものように王都の街を駆け抜けて侯爵邸まで帰った。
帰宅した彼女を、大勢の使用人たちが出迎えた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ただいま」
使用人たちに軽く挨拶を返しながら、邸宅の中へ入って行く。
彼女の家族たちは、帰宅が遅いことを咎めもしない。元々、シーラに興味なんて無いのだ。彼女が誘拐されようと事故に遭おうと何とも思わないような人たちだから、そうなるのも仕方が無い。
(何だか疲れたわ……今はちょっと自室で休みたい……)
部屋に入ってカバンを置いたシーラに、侍女が話しかけた。
「――お嬢様、旦那様が今日の晩餐会には参加するようにと」
「……何ですって?」
せっかくゆっくり休めると思ったのに、とんだ誤算だ。
侍女がわざわざ伝えに来たということは、最初からシーラに拒否権など与えられていないも同然なのだ。
「……わかったわ、必ず参加しますと伝えておいてちょうだい」
そのため、彼女はそのように返すほかなかった。
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