11 デイジー・キャンベル
シーラはあ然としながらも、目の前に立つデイジーを眺めていた。
ウェーブがかかったふわふわの金髪に、丸くパッチリした青い瞳が印象的な少女。
庇護欲をそそるその姿は、つい昨日見たヘンドリックが激しいキスを交わしていた相手と完全に一致していた。
デイジーは揺るぎない眼差しで、シーラをじっと見つめている。
(……どうして彼女がここに?)
シーラは不思議に思いながらも、尋ねた。
「キャンベルさん、私に一体何の御用ですか?」
「……アンダーソンさん、あなたに話があってここまで来ました」
わざわざ言いに来るということは、きっとヘンドリックに関することだろう。
別にいちいち向かい合って話すまでも無いことだが、せっかくここまで来たのだ。その勇気を称えて、話を聞いてあげることくらいはしなければならないだろう。
「話してください」
「ここでは話せません。場所を移動できますか?」
「……」
シーラはその要求に応じ、デイジーと共に人気の少ない裏庭まで移動した。
昼休みではあるものの、生徒は誰もいなかった。元々人通りが少ない場所であるため、特に不思議なことではない。
そのせいで、浮気カップルの逢瀬などに使われているのは公然の秘密だ。
外に出ると、涼しい春の風が二人の間を吹き抜けた。
シーラの暗い黒髪と、デイジーの明るい金髪がそれぞれ風で揺れる。こうして見ると、二人はどこまでも正反対のように思えた。
「話とは……何でしょうか?」
「――ヘンドリック様のことです」
あぁ、やっぱりとシーラは特に驚くこともしなかった。
ヘンドリックの婚約者であるシーラと、彼の浮気相手であるデイジー。
二人がこうやって向き合って話すこと自体、異常である。
(傍から見れば、ヘンドリックを巡って喧嘩でもしているように見えるんでしょうね……)
前世ではたしかにデイジーと激しい争いを繰り広げていたシーラだった。
しかし、彼女にはもうそのような気力は残っていなかった。
デイジーがヘンドリックを望むというのなら、ただ譲ってあげるだけだ。あんな人、惜しいとも思わない。
「ヘンドリック様は……あなたのことが嫌いだとおっしゃっていました」
「……そうですか」
シーラから放たれる冷気を感じ取ったのか、デイジーがピクリと肩を上げた。
いや、別に怒っているわけではない。彼が自分を嫌っているのはシーラも知っているので、今さら言われるまでもない。
デイジーは動じる素振りも見せないシーラに向かって、声を張り上げた。
「アンダーソンさんとの婚約を破棄したいとも言っていました!」
「そうだったんですね」
それも知っている。彼が婚約破棄を望んでいたことは、他でも無いシーラが一番知っていた。
感情に任せて大声を出すところが、如何にも平民らしい。
シーラは貴族令嬢の余裕というものをデイジーに見せることにした。
腕を組んで一歩前に出ると、優雅な笑みを携えた。
「いきなりこんなところまで連れて来たかと思えば……そんなことを言いに来たんですか?キャンベルさん」
「言いたいことは他にもあります!」
その笑顔が気に障ったのか、デイジーは頬を膨らませた。
同い年とは思えないほどに幼稚だ。しかし、きっとヘンドリックはそういう貴族令嬢らしくないところが気に入ったのだろう。
「ヘンドリック様だけじゃありません!ヘンドリック様のご友人たちも、みんなアンダーソンさんのことを毛嫌いしているんです!」
「あら……」
ヘンドリックの友人と聞いたシーラは、数人の男子生徒を思い浮かべた。
彼が特に親しくしている高位貴族の令息たち。そういえば、彼らはいつもヘンドリックに付き纏うシーラを疎ましそうに眺めていた。
特に食事の席に乗り込んだときの彼らの顔は今でも鮮明に覚えている。
軽蔑するかのような眼差し。彼らはシーラには冷たいが、浮気相手のデイジーには親切にしていると聞く。
「みんなあなたに迷惑しているんですよ!どうしてヘンドリック様をそこまで苦しめるんですか!?」
「……」
シーラの目がスッと細められると、デイジーは恐れをなしたのか後ずさった。
いや、怖いなら最初から言うなよ。
前世の自分なら、あまりにも酷い言い様に頬を引っ叩いていたかもしれない。
だが、今世ではそんな愚かな真似はしない。
「そのようですね……私ったら、つい人前で情けない行動を取ってしまっていたようです」
「……アンダーソンさん?」
シーラは無礼な物言いに怒ることも無く、ただ自らの非を認めた。
それは彼女の今までの行動や性格を思えば、信じ難いものだった。
「これからは二度と致しませんので……ヘンドリック様にもそう伝えておいていただけますか?」
「何を……」
素直に受け入れたというのに、何故かデイジーは暗い表情のまま俯いていた。
二度としないと言っているのに、何がそんなに気に食わないのだろうか。
しばらく黙り込んだあと、デイジーは顔を上げて彼女を睨んだ。
「――そうやってヘンドリック様の気を引こうとしても、無意味ですよ?」
「……何言ってるんですか?」
デイジーは感情の宿らない冷たい瞳で、じっとシーラを見つめていた。
このとき、シーラは初めてデイジーのことを恐ろしいと感じた。
まるで話の通じない怪物のようで、こんな彼女は前世でも見たことが無かった。
(……彼女は、一体何を)
そのとき、二人の間に低い声が割って入った。
「――シーラ!!!デイジーに何をしているんだ!!!」
「キャッ!」
突如としてその場に現れたヘンドリックがデイジーの腕を引き、彼女を胸に抱きしめた――
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