10 予期せぬ来訪者
それから数十分後、一限の授業が始まった。
前半は座学で教員の話を聞き、後半からは討論のようなものが始まる。
「――それでは、皆さんそれぞれ他の方たちと話し合ってみましょう」
その言葉で、生徒たちが一斉に立ち上がって友人たちの元へと向かった。自分たちの考えを他者に話し、意見交換をする場である。あっという間に教室の中で、何組かの輪ができる。
しかし、シーラは相変わらず一人ぼっちのままだった。
友人のいない彼女は、こういうときになるといつも一人で席に座っていた。
話ができるような親しい生徒が、彼女にはいなかったのだ。前世ではあまり気に留めなかったことだが、こうして一人でずっといるのも何だか寂しい。
――どうせなら、今世は誰かと話してみようかな?
(アルヴィン殿下は……)
ふと助けを求めるかのようにアルヴィンの方に視線をやるが、彼は多くの生徒たちに囲まれており、シーラのことなど気に留めている余裕は無さそうだった。
そりゃあ、せっかく王子殿下と同じクラスになれたのだから彼と親しくしたいと思う生徒たちは多くいる。
そんなアルヴィンの元に人が集まるのは当然のことだった。
シーラは椅子から立ち上がり、教室内をグルリと見回した。
あそこはシーラを毛嫌いしていた男子生徒がいる。あっちにはデイジーと親しい女子生徒がいるからダメ。
彼女はグループの一人一人の顔を確認し、ある女子生徒たちの集まりへ声をかけた。
「――あの」
「……?」
シーラが向かったのは、三人の女子生徒の元だった。
振り返った彼女たちの視線が、シーラに集中する。
いきなり話しかけられて困惑しているのだろう。しかも相手は今話題のシーラ・アンダーソン。
シーラは彼女たちを怖がらせないように、穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「よろしければ、私も一緒にお話しさせていただけませんか?」
その一言に、彼女たちはしばらく沈黙したあと慌てたように顔を見合わせた。
「ア、アンダーソン令嬢とですか……!?」
「わ、私たちが……?」
突然ほとんど関わったことのない人から言われたのだから、戸惑うのも無理はない。
シーラはクラス内で自分の評判があまり良くないことを知っている。
「はい、是非……ご令嬢たちとお話したいと思ったのです」
「そ、そうだったんですね……」
一番手前にいた茶色い髪の女子生徒が近くにあった椅子を引き、シーラに薦めた。
「よ、よろしければどうぞ。アンダーソン令嬢」
「ありがとうございます」
シーラは礼を言いながら、用意してくれた椅子に座った。座りながら、一つの机を囲む三人の顔を確認した。
(ミリア伯爵令嬢に、リーリア伯爵令嬢、それにイザベラ子爵令嬢よね?)
彼女たちの名前を、シーラはギリギリ覚えていた。何せ三年も前のことだと、ほとんど関わったことのない人の名前なんてすっかり忘れてしまうのだ。
「ところで、今は何について話していたんですか?」
「今私たちが話していたのは……女性の社会進出についてです」
「女性の社会進出……」
シーラたちの暮らすオルティネス王国では、他国に比べて男尊女卑の傾向がある。
女性の爵位継承は認められておらず、女性で国王となった者も存在しない。
「私は……女性が活躍できる社会があっても良いなと思うんです。それをお兄様に言ったら馬鹿にされてしまったんですけど……」
「……」
「私、他の貴族令嬢たちのように結婚はしたくなくて……王宮で働く文官になるのが幼い頃からの夢なんです。こんなこと言ったら貴族令嬢失格だと思われるかもしれませんが……」
そう口にしたのは、茶色い髪のミリア伯爵令嬢だ。
たしか彼女は、前世でも結婚という道を選択しなかったはず。家と縁を切ってまで、自分のやりたいことを成し遂げた彼女の話は社交界では有名だった。
シーラはそんな彼女を羨ましく感じていたことがあった。他人の意見に流されることなく、自らの意思を貫いたミリア。
ヘンドリックにもそのような意志の強さがあれば、シーラもデイジーも辛い思いをすることはなかったかもしれない。
「その点において……アンダーソン令嬢はいかがお考えですか?」
不安げに揺れるミリアの瞳が、シーラを真っ直ぐに捉えた。
彼女はシーラに意見を求めていた。
(どう思っているか?そんなの決まっているわ)
シーラは迷うことなく、答えた。
「――まぁ、ミリア令嬢はとっても素敵な考えをお持ちなのですね」
「ほ、本当ですか……!?」
ミリアは大きな目を丸く見開き、傍で聞いていたリーリアとイザベラも驚きを隠せなかった。
「夢を持つってとっても素敵なことだと思います。周囲の考えに流されずに、自分のやりたいことをやり遂げようとするだなんて、とても普通の貴族令嬢にできることではありませんわ――私は、ミリア令嬢の夢を応援しています」
「アンダーソン令嬢……!」
ミリアは感激したように目に涙を浮かべ、シーラの手を握った。
絶対に夢を叶えてみせます――と言いながら手を上下に振った彼女のその瞳には、強い決意が見て取れた。
そんな二人を見たリーリアとイザベラが、ポツリと呟いた。
「気難しい方だと思っていたけれど……」
「結構いい人なのかしら……?」
この日、ミリアとリーリア、そしてイザベラのシーラに対する印象がガラリと変わったのは言うまでもない。
***
四限が終わり、昼休みの時間になった。
(三年ぶりの学生生活……意外といけそうで何よりだわ)
彼女はカバンの中に入っていたお弁当をチラリと見ると、思わず顔を綻ばせた。
食事の時間は、孤独だった彼女にとって唯一の楽しみでもあったからだ。
それもいつも自分でお弁当を作るのが日課だった。料理だなんて貴族令嬢のすることではなかったが、彼女はそれでも毎日早く起きて自分の大好きなもので埋め尽くされたお弁当を作っていたのだ。
(どこで食べようかな?やっぱり、人が少ない裏庭にしようかな?)
お弁当を入れたカバンを持ち、教室を出ようとしたシーラにクラスメイトの一人が声をかけた。
「アンダーソン令嬢、令嬢と話したいって方が来てますよ」
「……私と?」
一体誰だろうと思い、教室の扉近くに目をやると――
「………………デイジー?」
――そこに立っていたのは、婚約者ヘンドリックの意中の相手デイジー・キャンベルだった。
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