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第九話:森ダンジョン3

 短い休憩を終えたツヴァイとマリンは、さらに森ダンジョンの奥深くへと進んだ。


 進むにつれてあたりの木々はさらに鬱蒼と生い茂り、空気の重さを見るからにこれまでとは違う、肌を刺すような緊張感が漂い始めていた。

 

 そんな二人の視界の先に、不自然にぽっかりと開けた巨大な空間が見えた。


「――どうやら、ここが最深部(ボスの部屋)みたいだぜ、マリン」


「ダンジョンボスがいる、ということですよね……?」


 マリンはゴクリと息を呑み、自身の杖をギュッと両手で握りしめた。


「ああ。ギルドの資料によると、森ダンジョンのボスは確か『蒼鱗の大ワーム』だったはずだ」


「む、虫ですか……?」


「いや、虫っていうよりは、もの凄く巨大なトカゲか蛇みたいな奴らしい」


「でも、広場にはそれらしき姿が見えませんね」


「向こうも馬鹿じゃない。探索者に先制攻撃をされないように、どこかに潜んでるのかもな」


「ダンジョンって、本当に不思議で油断ができない場所ですね」


「そうだなぁ。じゃあ――とりあえず足を踏み入れてみよう」


 ツヴァイとマリンは慎重に、恐る恐る広場へと入っていく。

 

 もちろん、マリンは突入の瞬間に合わせて『ソルトスプラッシュ』を放ち、ツヴァイの全身を最高の塩水環境で潤していた。


「さあ、どこからでも来い!」


 ツヴァイは無意識に両腕を掲げ、『威嚇のポーズ』で全ステータスを一時的に倍化させ、いつボスが飛び出してきてもいいように身構えた。


 ズゥゥゥン!!


 地響きとともに、ベキベキと周囲の巨木を強引になぎ倒しながら、青光りする鱗をまとった巨大な怪蛇がその姿を現した。


「これが、蒼鱗の大ワーム……! 想像よりはるかにデカい! マリンは通路まで下がって待機していてくれ!」


「わかりました! お気をつけて!」


 マリンはツヴァイの足手まといにならないよう、素早く広場を出て安全な通路へと退避する。


 ―――クワァァァァァァァッ!!


 大ワームの裂けた口から、鼓膜を直接揺るがすような形容しがたい咆哮が放たれた。

 

 あまりの音圧に精神力を削られ、ツヴァイの全身の動きが一瞬だけ硬直してしまう。大ワームはその隙を見逃さず、太い巨体をバネのようにしならせて猛然と突進してきた。


 ツヴァイは完璧な防御姿勢を取ることができず、無防備なままその一撃を正面から浴びてしまう。


 ――ドガァァァン!!


「ガハッ……!?」


 ツヴァイの巨体が派手に吹き飛び、広場の端にある大木の幹に激しく叩きつけられた。

 

 レベル2に上がったばかりの高い防御力をもってしても、ボスの最大質量による突進の威力は凄まじかった。仕立て直してもらったばかりのフルプレートメイルの胸当てがベコッと歪み、塩水バフの水分と合わさって、金属の傷口からじわじわと赤サビの匂いが漂う。


「ぐ、うう……ッ!」


「ツヴァイさん!!」


 通路からマリンの悲痛な叫び声が響く。


「大丈夫だ! 背負子の荷物も無事だし、ポーションを飲めばどうにでもなる! ――今度はこっちの番だ、大ワーム!」


 ツヴァイは痛みを気合でねじ伏せ、威嚇のポーズの残響を維持したまま、超高速の『サイドダッシュ』を敢行。大ワームの側面に回り込み、必殺の【シオマネキアタック(右手のカイトシールドでの殴打)】を全力で叩き込んだ。


 ――ガキィィィン!!


 しかし、硬質な金属音が虚しく響き渡るだけだった。大ワームの表面を覆う『蒼鱗』は想像以上に分厚く滑らかで、ツヴァイの30%ボーナスが乗った大盾の一撃を、何事もなかったかのように受け流してしまったのだ。


「うそだろ……!? シオマネキの攻撃すら、1ミリも通らないのかよ!」


「ツヴァイさん! 私の『ウォーターカッター』を試してみます!」


「頼む、俺が正面で引きつける!」


 ツヴァイは大ワームの眼前に立ち、今度は両手の盾を合わせて必死にガードを固めた。

 

 再び襲いかかる大ワームの激しい突進。今度はしっかりと盾で受け止めたため、衝撃は激しかったものの、最小限のダメージで耐え凌ぐことに成功する。


 その隙を突いて、通路からマリンが杖を突き出した。


「いっけぇぇー! ――『ウォーターカッター』!!」


 放たれた高圧の水流が、大ワームの胴体を正確に捉える。

 

 ――ビシュゥゥッ!


 しかし、大ワームの蒼鱗に触れた瞬間、ウォーターカッターの激しい水流は霧のように虚しく霧散してしまった。ダメージを与えた様子は微塵もない。


「そうか……! こいつ、名前の通り完全な『水属性』の魔物なんだ! 真水や塩水の攻撃じゃ、鱗の表面で全部中和されちまうんだ!」


 物理も魔法も通じない。このままではジリ貧だ。


「いけない、マリン! ここは一度引くぞ! 一気に逃げる!」


「ええっ!? わ、わかりました!」


 ツヴァイは全力の『サイドダッシュ』で横へと飛び退きながらマリンの元へ駆け寄ると、彼女の華奢な体を両手で軽々と横抱きにし、そのまま脱兎のごとくボスの広間から離脱していった。


「ハァ、ハァ、ハァ……! なんとか、ここまで来れば追ってこないみたいだな」


 安全な通路まで戻ってきたツヴァイは、慎重にマリンを地面へと降ろした。


「すみません、ツヴァイさん……。せっかくの新しい攻撃魔法だったのに、全然役に立たなくて……」


 マリンは、自分の切り札が不発に終わったことに、酷くショックを受けて肩を落としていた。


「いや、ボスの属性情報を事前にきちんと把握してなかった俺のミスだよ。俺のシオマネキアタックも弾かれたしな。今の俺たちの手札じゃ、あいつの分厚い鱗を突破する決め手(火力)が足りないんだ」


「そうですね……。他に進路を変えるか、あるいはツヴァイさんのレベルが上がって、何か新しい突破口が見つかるのを期待するしかなさそうです」


「よし、だったら決まりだ。もう一度手前のエリアに戻って、フォレストウルフたちを狩りまくってレベリングをしよう!」


 蒼鱗の大ワームに手痛い敗北を喫した二人は、悔しさをバネに、ダンジョン内での特訓を開始した。

 

 それから一時間ほど、現れるフォレストウルフやフォレストワスプを狂ったように狩り続けたその時、ツヴァイの全身を温かい光が包み込んだ。


「やったぞマリン! レベル3に上がった!」


「やりましたね、ツヴァイさん! ステータスはどうなりましたか!?」


 ツヴァイは期待を込めて、自身のステータスリストを展開した。


名前:ツヴァイ

職業:甲殻戦士

レベル3


HP 150

MP 50

攻撃力 32(+12)総合攻撃力42

防御力 80(+30)総合防御力125

素早さ 64(+24)

精神力 80(+30)

甲殻度 60%

(内訳)

全身甲殻30%

カニ歩き10%

適切な湿り気10%

海水環境10%

状態:シオマネキ 攻撃時30%ボーナス


武器 カイトシールド 攻撃力10


防具 銅の盾 防御力5 カイトシールド 防御力10 フルプレートメイル 防御力30


スキル:サイドダッシュ 毒食い (NEW!)バブルブレス消費MP10



「『バブルブレス』……! 新しいスキルを覚えた。消費MPは10だから、今の俺のMPなら最大で5回は使えそうだぞ」


「バブルブレスですか? カニさんが口からアブブ、と泡を吹くのと同じ原理でしょうか?」


「うーん、多分そうだな。どんな効果か、とりあえずここで使ってみるか?」


 「いえ、木に向けて使うよりは、実際の魔物に対して試した方が効果が分かりやすいと思います!」


 二人はさっそく、手頃な実験台となるフォレストウルフの群れを探し出し、そっと近づいた。


「あ! ツヴァイさん、あそこにウルフが3匹います!」


「よし、絶好のタイミングだ。いくぞ、新スキル――『バブルブレス』!!」


 ツヴァイが息を吐き出すと、彼の口元から、ゆっくりとした紫色の――見るからに禍々しい毒々しさを孕んだ泡の群れがブワッと放たれ、フォレストウルフたちを包み込んだ。

 

 次の瞬間、泡に触れたフォレストウルフたちは激しく苦しみのたうち回り、口から泡を吹いて一瞬で絶命してしまった。凄まじい致死性だ。


『スキル使用により体内の毒素を放出しました:【毒の蓄積度】がリセットされ、オウギガニボーナスが解除されます』


 視界に流れるログを見て、ツヴァイはポンと手を叩いた。


「なるほど、そういうことか! マリン、この『バブルブレス』は、さっき俺が手当たり次第に食べたハチの毒(蓄積毒)を弾丸として吹き出すスキルだったんだ!」


「わぁ、お腹の中で眠っていた猛毒を、そうやって外へ活かすんですね! これなら、あの硬い蒼鱗の大ワームにも、鱗の隙間から毒を流し込んで内側からダメージを与えられるかもしれませんよ!」


「ああ、最大の武器になる。――ただ、一つ問題があるんだ」


「問題、ですか?」


「この泡、カニの泡だからさ、移動速度がめちゃくちゃ遅いんだよ。普通に撃っても大ワームなら簡単に避けられちまう。あの毒泡を確実にワームの顔面に直撃させるには……奴のあの強烈な突進を、射程ゼロの至近距離で、正面から完全に受け止めて動きを止める必要がある」


 ツヴァイは自分の盾を見つめ、不敵に笑った。


「そのためには、今の左右非対称のシオマネキスタイルじゃ耐えきれない。一度街の防具屋に戻って、左手の銅の盾と同じサイズの盾をもう一枚買い直して、あの正面の衝撃を80%削ぐっていう『カラッパボーナス』を発動させる必要があるんだ。ちょうどウルフの肉や薬草で荷物もいっぱいだしな」


「なるほど! 盾を揃えて防御に特化し、至近距離から猛毒の泡を浴びせる作戦ですね! わかりました、なんとしても次こそあの大ワームを倒しましょう!」


「おう、リベンジだ!」


 蒼鱗の大ワームとの再戦を誓い、二人は完璧な作戦を胸に、一度探索都市パラデオンへと帰還するのであった。 

最後まで読んでくれて、本当にありがとうございます!

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