第八話:森ダンジョン2
ツヴァイたちはあれからさらに数匹のフォレストウルフを討伐し、ツヴァイの背負子の中身はずっしりと重くなってきた。
「結構、荷物が多くなってきましたね。ツヴァイさん、重さは大丈夫ですか?」
ずしずしと力強く歩くツヴァイの背中を見上げて、マリンが心配そうに声をかける。
「マリンの塩水バフ(ソルトスプラッシュ)が効いてるから、このくらいの重量は平気だよ。海水環境のおかげで、さっきから筋肉の底から力が湧き出てくるしね!」
ツヴァイはまだまだ余裕だということを示すために、おどけて右腕で力こぶを作るガッツポーズをしてみせた。
『威嚇のポーズを検出しました:全ステータスがさらに倍化します』
「――って、いや、今は別にステータスを倍化しなくてもいいんだけどな……」
「ふふ、どうかしたんですか、ツヴァイさん?」
「いや、今のただのガッツポーズでも、システムが『威嚇判定』にしちゃうみたいでさ」
「ああ、なるほど! カニさんが両腕を上げているポーズにそっくりでした!」
マリンは可笑しそうにクスリと笑った。
「ま、まあとにかくスタミナは有り余ってるから、このままどんどん進もう!」
しばらく薄暗い森の通路を進んでいくと、行く手を阻むように、通路の真ん中に突き出た太い枝に巨大な蜂の巣がぶら下がっていた。
「あー……あれは『フォレストワスプ』の巣だな。あんな場所にあると、流石に素通りはできそうにない。マリン、危ないから少し下がっててくれ」
「わかりました! 湿り気はまだ大丈夫ですか?」
「ああ、鎧の内側までまだしっとりしてるから大丈夫だ! 行ってくる!」
ツヴァイは素早く『サイドダッシュ』を使い、横跳びの鋭いステップで肉薄。すれ違いざまに、カイトシールドの縁で蜂の巣を一撃のもとに叩き割った。
破片とともに、巣の中から羽音を猛烈に響かせながら、大量のフォレストワスプが飛び出してくる。
家を破壊されたワスプたちは怒り狂い、容赦なくその鋭い毒針をツヴァイに向けて突き出してきた。
カツン、カツン、カツン!
小気味よい金属音が響く。しかし、レベル2になり総防御力が98まで跳ね上がっているツヴァイのフルプレートメイルは、ワスプの針を一切通さない。
ツヴァイは落ち着いて蜂の動きを見定めると、右手のカイトシールドと左手の銅の盾――左右の「ハサミ」をパチンと合わせるようにして、一匹ずつ確実に挟んで叩き潰していった。
しばらくの格闘の末、通路を埋め尽くしていたフォレストワスプは、すべて地面に転がる骸へと変わった。
「はあーっ、流石に数が多くて目が回りそうだったな!」
戦闘が完全に終了したのを確認し、マリンがパタパタと駆け寄ってくる。
「お疲れ様です、ツヴァイさん! ……わぁ、今のアナウンスで、私のレベルが3になりました!」
「おお、そりゃ凄いな! 俺はまだレベル2のままだけど、これならそのうち上がりそうだ。マリン、レベル3になって何ができるようになったんだ?」
「ええと、MPの最大値が100に増えて、新しく『ウォーターカッター』っていう魔法を覚えました! 消費MPは10みたいです」
「おお! ついに本格的な攻撃魔法っぽい名前だな! 試しにそこらの木に向かって使ってみたらどうだ?」
「でも、MP消費が10となると、あまり連発はできなくて……」
「大丈夫、大丈夫。この戦闘の区切りで、ここで少し遅めの昼食を取って休憩にするから。MPはすぐに回復するさ」
「え、ここでですか?」
マリンは不思議そうに周囲を見渡した。
「フォレストワスプがこれだけ大きな巣を作ってたってことは、この周辺はあいつらの縄張りだった証拠だからね。他の凶暴な魔物は近づかない、ダンジョン内の『安全地帯』になってるんだよ」
「なるほど……魔物の生態を利用するんですね!」
マリンは感心したように頷いた。
「というわけで、さっそく新スキルを試してみてくれ!」
「わかりました! ――『ウォーターカッター』!」
マリンが杖を突き出すと、その先端から超高圧の鋭い水流が激しく放たれた。ズガァン!と重い音がして、前方の太い大木の幹に、綺麗な丸い穴が穿たれる。
「カッターっていうより、なんだか水の弾丸か矢みたいな威力だな……!」
「いま、少しだけ水流を噴射し続けられたので、放ちながら杖を左右に振れば、本当に物を切断できそうです!」
「それは頼もしいな! これだけの射程と威力があるなら、俺が前衛で魔物のヘイトを集めて抑え込んでいる間に、マリンが後ろから安全に援護射撃ができるぞ」
「はい! でも、やっぱりMPの消費が重いので、ここぞという時の切り札にしますね」
初めての純粋な攻撃手段を得られたことが、マリンはとても嬉しそうだった。
「よし、じゃあお待ちかねの休憩にするか!」
ツヴァイは手際よく背負子を降ろし、中から頑丈な鉄鍋や火打石、携帯用の調理器具を取り出した。
「じゃあ、マリン。鍋に八分目くらい水を入れてくれるか?」
「わ、わかりました! ――えい」
マリンは精神を集中させ、ツヴァイが濡れる用のウォーターボールにならないよう、優しく制御した綺麗な水を鍋へと満たしていく。
ツヴァイはその間に手際よく周囲の枯れ枝を集めて火を起こし、先ほど解体したフォレストウルフの肉、道中で拾ったあのトゲトゲのキノコ、そして少々の塩を鍋へと投入した。
「現地調達だから塩味だけで少し味気ないけど、ウルフの肉とキノコから良い出汁が出ると思うから、ちょっと我慢してくれよな」
「ツヴァイさん、さっきそのトゲトゲキノコは無毒だって言ってましたけど……それでも、やっぱりこの見た目はちょっと気になりますね……」
マリンは、どう見ても魔界の毒キノコにしか見えない紫色のトゲトゲを見つめ、未だに半信半疑の様子だ。
「いや、あれ生でちょっと齧っただけでも相当美味かったんだから、煮込んだら絶対に大化けするって! ほら、出来たぞ」
しばらく鍋を火にかけ、肉から出る灰汁を丁寧にとり除くと、森の香草の香りがふんわりと漂う『ウルフ肉と美味キノコの塩煮込みスープ』が完成した。
「ウルフの肉は少し歯ごたえがあるかもしれないけど、よく噛めばジワッと旨味が出るからさ。熱いから気をつけて食べてみてくれ」
ツヴァイは木製のお椀にスープをよそい、マリンに手渡した。
マリンはフーフーと息を吹きかけ、恐る恐るスープを一口すする。
「――っ!? わぁ、ツヴァイさん! このスープ、もの凄く濃厚で、びっくりするくらい良い味がします!」
「だろ! やっぱあのトゲトゲキノコのダシがヤバいんだよ。見た目に反して、極上の旨味成分の塊だったんだな」
「帰り道で見つけたら、絶対に全部拾って背負子に詰め込んでおきましょう!」
「ハハハ! すっかりトゲトゲキノコの虜だな!」
マリンの美味しそうな笑顔に満足しながら、ツヴァイも自分の分のスープを口に運ぶ。
「美味い! ウルフの肉も、キノコの酵素のおかげか全然硬くないな。こりゃあ、ギルドの食堂や街の料理屋に『新種の高級食材』として卸したら、いい商売になるかもしれないぞ」
「ふふ、大金持ちになれるかもしれませんね!」
「お金持ちと言えば、さっき壊したフォレストワスプの巣も忘れてないぜ」
「あの、バラバラになった巣ですか?」
「ああ。野生の蜂の巣から採れる高級蜂蜜や蜜蝋は、ギルドでも結構な高値で買い取ってくれるはずだから、後で綺麗に採集して背負子に入れよう。……それと、俺が一番気になってるのは、あいつらの死骸から採れるこの『毒腺』だ!」
ツヴァイは、ワスプの死骸から器用にナイフで取り出した、ドロリとした液体が詰まった毒腺をマリンに見せた。
「それがどうかしたんですか? ……って、もしかして! ダメですよツヴァイさん、それはどう見ても絶対に毒です!!」
「分かってる、100%猛毒だからこそ、食べる価値があるんだよ!」
「『毒食い』は毒物を見分ける能力じゃなかったんですか!? そんなフォレストワスプの濃縮された毒を体に蓄積したら大変です! ここの蜂の毒は、普通の虫の比じゃないんですよ!?」
マリンはまたしても涙目になりながら、必死になってツヴァイをいさめる。
「いや、このスキルは名前が『毒食い』なんだから、文字通り毒を食べなきゃ意味がないはずなんだ。俺の甲殻戦士の勘が、これを食えって囁いてる!」
マリンの必死の制止をすり抜け、ツヴァイは意を決してワスプの毒腺を口に放り込み、モシャリと噛み潰した。
「うーん……ピリピリして、なんとも舌が痺れるエキセントリックな味わいだ……」
「ほらぁぁ! 完全に毒が回ってるじゃないですか!!」
慌てふためくマリンの声を余所に、ツヴァイの脳内にシステムログが流れる。
『体内に毒素の摂取を検知しました:【毒の蓄積度】が上昇します』
「ほら見ろマリン! 今、ステータスログに『毒の蓄積度が上昇した』って出たぞ。つまり、毒を食っても体が自動で無毒化して、エネルギーに変えてるんだ。平気平気! せっかく沢山倒したんだから、残りのワスプの毒腺も全部いただいちゃおう!」
「ええええ……」
マリンは引いた目で、ツヴァイから少しだけ物理的な距離を取った。
しかしツヴァイはそんな視線を全く気にせず、落ちているワスプの死骸から次々と毒腺を回収しては口に放り込んでいく。5匹分ほどの毒腺を完食した、その瞬間――。
『【毒の蓄積度】が最大値に達しました:形態適合を検出』
『【オウギガニボーナス】が発動します。体内の蓄積毒が【猛毒(オウギガニ毒)】へと変化しました』
「おっしゃ、狙い通り『オウギガニボーナス』が来たぞ!!」
ツヴァイは新しいカニボーナスの発見に、お椀を掲げて喜びの声を上げた。
「オウギガニというと……確か図鑑の真ん中あたりのページに、筋肉や甲殻に凄まじい猛毒を蓄えているカニ類、って書いてありましたね」
引いていたはずのマリンだったが、新しいログと聞くや否や、素早くカニ図鑑を取り出して目的のページを確認してくれた。やはり知識欲には勝てないらしい。
「なるほど、オウギガニの再現か。――でも、体内の毒が猛毒になったからって、これどうやって戦闘に使うんだろうな? 敵に俺の肉を食べさせるわけにもいかないし……」
「そんなことしたら、ボーナス以前にツヴァイさんが大怪我しちゃいます! 絶対ダメですよ!」
「うーん、現状だとイマイチ使い道が閃かないボーナスだな。自爆特攻用じゃ意味がないし」
「ふふ、ツヴァイさんがレベル3になったり、もっと新しいスキルを覚えれば、この毒を盾の表面に滲み出させて攻撃に使う、みたいな格好いい使い道が出てくるかもしれませんよ!」
「おお、それ最高にカニっぽいな! よし、早くレベルを上げるために、休憩が終わったらもっと森の奥の魔物をハサミで挟みに行こうぜ!」
こうして、ツヴァイたちの少し奇妙で、けれど最高に美味しいダンジョン内での昼食時間は、賑やかに過ぎていくのであった。
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