なな
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私は迎えに来てくれた公爵家の馬車に乗り込むと中で待っているお母様に詰め寄った。
「私婚約破棄したいわ!!!」
あまりにも早い連絡と突然の訴えにお母様は目を見開いて驚く。
「…なにがあったの?」
日頃からいい子な私だけあって、いきなりこんな事を言うのは普通ではない、ただの我儘ではないと察してくれたお母様は、驚いた表情から真剣な顔に変えると尋ねた。
だから私は答えた。
王子の態度や乱暴さ、そして王子の勘違いを。
お母様は私の話を聞くと馬車を動かし始めようとする御者に「公爵家ではなく魔法具屋へ向かってくれる?」と指示を出す。
私は不思議に思いながらお母様を見上げると、お母様は私の頭を撫でてこういった。
「辛い思いをさせてごめんね。アリスは賢いからわかると思うけど、一度交わされた契約は十分な理由がないと覆ることが出来ないの。それに証拠がないと人は簡単には信じない。だからこれから魔道具を見に行きましょう」
私は納得した。
そうか、証拠が必要なのかと。
確かに感情だけを訴えても、お父様とお母様は私の味方になってくれるが、王子の周りは何の情報も関わりもない私より長年側にいた王子の方を信じるだろう。
王子の味方を私の味方へと引き込むためには、いや、味方にしなくても私の言葉をわかってもらうためにも証拠が鍵となる。
「……というか、どうして私が王子殿下の婚約者に選ばれたの?」
私は不思議で堪らなかった質問をお母様にした。
今更かもしれないが、わかってほしい。
悪役令嬢なるものになりたくない私としては、より良い子になることはとても重要だったのだ。
お母様は私の質問に不思議に思うこともなく答えてくれた。
「アリスちゃんもおかしいと思ったわよね。第一王子がいるのに、どうして第二王子の婚約者なんだろうって。
実はね、第一王子は体が弱いの。幼い頃から病弱で、外には出られない体なの」
私は初めて王室に関わる事情をお母様から聞いた。
そうか。だから第二王子の婚約者を優先的に王妃様は探していたのね。
側室の子だから蔑ろにされていたというわけではなく、次期王となる第二王子だから。
(でも第二王子の性格は難ありよ。子供だからといって正確な状況判断もできないくせに一丁前に怒って、女の子に乱暴しようとしたなんて最悪すぎるわ!!)
「そしてエクシロン公爵家はね、代々王室へ忠誠を誓ってきたの。もちろんそれだけで婚約者に選ばれた、というわけではないのだけど、王室を支え、そして国を守ってきた家門として優秀な人材をたくさん輩出してきた。
あの日、王妃様はたくさんの貴族から王子の婚約者を選ぶために人を集めたことはアリスちゃんもわかってるわよね。子供だとしても次期王妃としての素質を持つ人材を選ぶために必要なことだった。そして私の子、アリスちゃんが選ばれた、というわけよ。
アリスちゃんは途中で抜けてしまったけど、王族相手でも礼儀を欠くこともなく落ち着いた態度や表情のつくり方、そして他の子たちへの振る舞いも全て見たうえでの判断だったから、お母様も喜んでしまったわ」
「ごめんなさいね」と謝罪されるが私は首を振った。
お母様が私に謝ることなんてないからだ。
だって考えてみてほしい。
あのお茶会の場には王子殿下の運命の相手である、“エリたん”もしくは“エリちゃん”と呼ばれる令嬢も来ていたのだ。
そして王子殿下は絶対運命の相手と顔を合わせたはず。
そうでなければ、私と婚約することになって、ここまで敵意を向けられるはずがないからだ。
きっと『お前が俺様と婚約したいとわがまま言わなければ、俺様は今頃あの子と…』とかなんとか考えているだろう。きっとそうだ。
そもそも公爵家は高位貴族ではあるが、王族に不敬とも言える発言を言えるわけがない。
王室に忠誠を誓ってきたということは、全くの見当違いな発言以外は従ってきたはずだ。
それなのに王族の、しかも次期王位が濃厚な第二王子の婚約者に選ばれて、普通は喜ばないはずがないことは子供でもわかることだ。
つまり、私から拒否することはできないし、『僕ぅ、あのピンクブロンドの女の子と婚約したいのぉ』とか言わなかった第二王子が一番悪い。
責任転嫁しないでもらいたいわ!全く!
それでも一度婚約が成立してしまった以上、簡単に破棄することは出来なくなった。
婚約破棄が成立するためには、私が王太子妃としてふさわしくないと判断された場合か、もしくは第二王子が王室に相応しくない行動をし、市民や貴族たちの支持率を限りなく低下させ、回復できないまでに評判を落とすか、もしくは第一王子が王位継承者として頭角を現すことが求められる。
だけど破棄するためには流石にどれも難しい内容であるし、私も自分の評判を落としたくなかったため、実質婚約破棄は不可能に近い。
だって夢の中の女性は私のことを“悪役令嬢”といったのだ。
評判を落とすということは、夢の中の女性がいったように私が悪の道に進んでしまうかもしれないということ。
それに私だけでなく、私のお兄様たちやお母様、そしてお父様の評判も落とすことになるのは耐えられなかった。
ならば残りは第一王子の健康回復か、第二王子の堕落。
(第一王子の健康は流石に無理、王室専属のお医者様が治せないものを私が治せるわけないし。…となれば第二王子が勝手に落ちていくことを期待するしかないわね…)
そこで私は気付く。
何故お母様は馬車の行く先を変更したのか。
証拠が必要だとお母様は言ったけど、それはただ私の言い分を信じてくれる味方を増やすためではなく、最初から第二王子が堕落していくことが一番可能性が高いと、そう考えているのではないかと、私は考えた。
「……お母様もしかして……」
呟く私にお母様はにこやかに微笑んだ。
「長い間溜め続けた映像はいつまでも褪せることなく映し出してくれるわ」




