ろく
「じゃあお前に繋がれた糸を辿れば運命の相手を見つけられるだろ?王子の婚約者になる前に行動しておけば、茶会に呼ばれることもなかったんじゃないのか?」
「自分の赤い糸は見えないの。だから糸がない人が私の運命の人だと思っているんだけど、それが正しいかはわからないわ。だから私が自分自身で運命の相手にたどることはできないの。偶然糸が見えない相手を見つける以外ね」
私が赤い糸について答えると、天使さんは考え込む。
難しい顔で何かを考えている天使さんに私は”(天使さんって年齢とかあるのかな?)”と思った。
だって、見た目は私と変わらない気がするけど、いつも大人っぽいとか大人しいとか言われている私より、天使さんのほうがとても大人だと感じる。
あれかな?
見た目は子供、頭脳は大人!っていうやつかな?
天使さんは考え終えたのか、それとも考えるのをやめたのか私へと視線を向けた。
「………ちなみになんだが、僕に糸はあるか?」
「天使さんに?あるわけないじゃない。だってあなたは天使なんだから」
「本当にないのか?よく見てみろ」
私は急にぐいぐい来る天使さんに頬を染めながらも、押し付けてくる天使さんの両手に視線を向けた。
「そ…そんなに手を見せつけなくてもわかるわ。……ほらやっぱりない」
私がそういうと天使さんは急に顔を真っ赤に染めて立ちあがった。
髪の色素が薄いからか、赤くなった頬は後ろから見てもわかりやすい。
そしてもっというと、正面から見た天使さんの真っ赤になった顔はとても愛らしいものだった。
「そう、か。僕は、もう帰る。………じゃあ、またな」
「え?ええ、またね。……天使さんにも家があるのね」
そうして走り去っていってしまった天使さんは途中で消える。
私は一瞬で姿を消した天使さんの後姿を見て、「飛ぶんじゃなくて、魔法のように消えるのね…!」と驚いたのだった。
■■■
天使さんと出会い、少しの間話していたつもりだった私だが、意外にもかなりの時間が経っていたようで、茶会の席に戻るとお母様にとても心配されていた。
それは王妃様も同様で、いくら王宮内だとしても不慮の事故が起こらないとも限らないことから、今後はお母様か護衛を必ず連れて行くようにと叱られてしまった。
確かに王宮内で子供の一人歩きは大丈夫そうであっても、大人を心配させるし、不安にさせてはいけないわよねと、私は素直に受け入れる。
「……あれ、そういえば他の子たちはどこにいったの?」
私は辺りを見渡し、私たち以外いなくなった庭園内をみるとお母様に尋ねた。
お母様はにこにこと嬉しそうに笑うとこういった。
「実はね、このお茶会は第二王子の婚約者を決めるために開かれたものなの」
私は心の中で答えた。
言われなくても流石に気付く、と。
でもそんな言葉をお母様に言えば傷つけてしまうかもしれないから、私はコクリと頷いた。
「でね!第二王子の婚約者としてアリスちゃんが選ばれたのよ!」
「………ええええ!?」
衝撃的なお母様の発言に私は大層驚くと、お母様は満足げに頷いた。
どうやらこの反応をお気に召したらしい。
いや、わざとじゃないけどね。途中で離席して最後まで戻ってこなかったのに、私に決まってたら普通に驚くでしょ。
「どうして私が!?殿下にはもっと相応しい人がいるわ!」
「あら?嫌なの?」
「い、嫌なわけではなくて……」
こてりと首を傾げ不思議そうにお母様は尋ねるが、私ははっきり答えるわけにはいかなかった。
何故ならすぐそばには王妃様がいて、ちょっと離れた場所には私を睨みつける王子殿下がいたからだ。
ここで「王子が嫌なの!」とか言ってしまえば、流石にやばい。
なんていうんだっけ?フカザイ?フケザ……あ、不敬罪!
とにかくはっきりと嫌だと主張できなかった私は、お母様に"(わかるでしょ!?)"という思いを込めてウルウルした瞳で訴えたが、どうやら全く伝わらなかったみたいだ。
「よかった!嫌じゃないのね!パパからはアリスちゃんが嫌だと言わなければ、婚約を結ぶことになってもいいと言っていたから、これからアリスちゃんは王子殿下の婚約者としてよろしくね!」
お母様は王妃様に了承の有無を伝えると、私はあっという間に婚約を結ぶことになってしまった。
そして……
機嫌が悪そうに私を睨みつける第二王子であるウィリアム・ディオルの婚約者として、私は月に一度の面会が義務付けられてしまったのだ。
■■■
早いもので、あの運命の婚約成立となった日からひと月が経った。
私はこの間、夢の中の女性が再び現れることもなく、悪役令嬢という単語が胸の中に渦巻き、不安な日々を過ごしていた。
女性が言っていた悪役令嬢がどのような罪を犯し、そしてどのような処分を受けるかなんてわかっていないため、警戒しようもないのだが、それでも私は悪にならないようにめちゃくちゃ頑張っていたのだ。
サリーを困らせないように朝は早く起き、夜はすぐに布団に入る。
お父様がつけてくれた家庭教師にも更にいい子だと思われるように、復習だけでなく予習もするようになった。おかげで今まで以上に褒めちぎられるようになった。
苦いピーマンも、食感が好きじゃないナスも頑張って食べるようになったから、シェフも残されることがなくなった私のお皿に喜んで、おやつのスイーツ作りに腕を振るったり、クッキーのレパートリーも多くなった。
おかげで私だけでなく、家族や使用人たちも喜んでいたから、私も更に嬉しくなったわ。
あれ…?
不安なはずなのに、幸せに過ごしていたわね。
そうして迎えた王宮へと向かう日。
ようするに婚約者である第二王子のウィリアム・ディオルに会いに行く日になってしまった。
私は憂鬱な気分で身支度を整えてくれる使用人たちに全てをお任せする。
支度のほとんどは使用人たちが頑張ってくれたため疲れることもなかったが、ドレスの着衣については何度も繰り返したため流石に疲れた。
「もう、最初着たドレスでいいんじゃない?」と伝えたのだが、「今日のお嬢様は緑色がラッキーカラーなんです!」「お嬢様にはブルーも似合います!」「私は黄色が好きです!」「奥様が買ってきてくれたドレス全部着せたい!」などと、最後は個人の主張まで入った意見が飛び交ったため、私はとても疲れてしまったのだ。
そうしてやってきた王宮で出迎えてくれたのは、婚約者であるウィリアムではなく、最初王宮内へ案内してくれた執事である。
出迎えることも億劫なのか、それともこれが王族の普通なのか、私が常識を知らないだけなのかわからないが、婚約者として初めて訪れたというのに王子の姿はどこにも見えなかった。
私は案内された部屋のソファに座り、出されたジュースを飲む。
お茶会の時とは違い、果汁の濃厚さがわかるようなオレンジジュースに私は喉を潤わせた。
(……流石にお茶菓子には手を出さない方がいいわよね……)
私の好きなお菓子情報をお母様から伝わっているのか、テーブルの上にはクッキーやビスケットなどが並べられており、私は目線を逸らし、更に目をつぶった。
だがクッキーの匂いが視界を遮った私の鼻によく届き誘惑する。
私はもう一度オレンジジュースを口に含みながら、扉を見つめた。
早くこい、と。
「………来たのか」
そうしてやっと現れた王子殿下であり私の婚約者であるウィリアムは不機嫌な様子を隠すことなくそう告げた。
殿下の案内のためについてきたのだろう執事は、困ったように眉を下げている。
それでも何も言うことがないのは、この男が王子という立場だからだろう。
「そんなに私との婚約が嫌ならしなきゃよかったじゃない…」
私は思わず呟いた。
意図したわけではない。
不機嫌な様子を隠さず、婚約者である私を睨みつける男に、取り繕うだなんてしたくないし、第一こっちだってこの婚約が嫌なのだから、自分だけが被害者のような顔をしている男に不快な気持ちが溢れ、つい口にしてしまったのだ。
だがウィリアムに聞こえてしまった。そしてとても癪に障ったらしく、今にでも私を殴りそうな勢いで近付くとテーブルに拳を突き立てた。
ダンッ、という音が部屋の中に響く。
私は殿下の迫力に圧倒され身を縮こまらせた。
人に暴力を振るわれそうになったことなんて今までなかったから、驚きと恐怖でじわりと涙が込み上げる。
だが突然の王子の行動に、後ろに控えていた執事は顔を青ざめると、私から王子を引き離した。
「…こんなことになった元凶のお前が、よくこんなことを言えたもんだな」
そう口にした王子は背を向け、部屋から去っていく。慌てた様子で執事も追いかけて行くものだから、部屋の中には私一人だけが残された。
「………」
私は思わず言葉を失った。
オレンジジュースと一緒に入っていた氷が溶けると、カランと音を立てコップの中で転がる。
その音が異様に大きく聞こえ、私は口元に指を添えた。
初めての婚約者との茶会は最悪な形で幕を下ろしたが、私が気になったのはお茶会が台無しになったことでも、王子が早々に出ていったことでもない。
そんな事よりも重大な勘違いに心をざわつかせていた。
「……もしかして、私が強請ったと勘違いされてる?」




