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「シアン・ディオル?恋人で、第一王子だと?」
ウィリアムは頭を抱えた。突然の情報に理解が追い付いていないのだろう。そしてそれは共に話を聞くことになったエミリーも同じだった。
「だ、第一王子?え?だって、第一王子は病弱で……」
エミリーの瞳は左右に揺れていた。ウィリアムのように頭を抱えるような仕草をとらなかったところだけでも、公爵家で受けてきた礼儀作法が生きているとアイリスは褒めてあげたい気持ちが込み上げたが、今はそれをしてしまえば話が逸れてしまい、理解するまで時間を要してしまうだろう。
だからこそ見守るだけに抑えながら、わかりやすく搔い摘みながら説明する。
「知っての通り、シアンは側妃の子にも関わらず第一王子として生を受けたわ。病弱と言われているのも王位継承権を巡る陰謀の所為。実際には誰よりも健康な体をしているの」
アイリスの言葉に誰よりも早く頷いたのはウィリアムだった。病弱な男がウィリアムを殴り、屈服させることができるわけがない。なにより王子の身分を持つウィリアムをただの貴族が殴るなんて暴行を取るわけがないのである。
だからこそ、困惑はしたが第一王子であること、そして健康体と説明したアイリスの言葉に納得した。
ちなみにウィリアムがシアンを知らないのは、一度も会ったことがなかったからだ。
情報も秘匿され、実の母親、つまり王妃には会う資格もないのだと言われたことから、ウィリアムはシアンに会ったこともなかった。
「だが、いつ出会ったんだ?お前は俺の婚約者だろう。他の男の話など聞いたこともない」
ウィリアムの言葉はもっともだった。実際アイリスとシアンが出会ったのは幼少期、そこから授業で再会するまで出会うことはなかった。
「それは…」
「お前の婚約者を決める茶会が幼い頃に開かれただろう。その時に出会ったんだ」
アイリスの言葉を遮る形でシアンが話す。ウィリアムは眉を寄せて問いかけた。
「どういうことだ?」
「先ほど彼女も言っていたように、アリーには運命で結ばれた糸が見える。茶会の場でお前の運命の相手がわかってしまったアリーは、例え王位継承権が最も強いお前であっても、婚約という立場に魅力を感じなかった。だからこそ途中彼女は離席したはずだ」
シアンの話にウィリアムは口を閉ざした。実際にその通りだったからだ。
まるで見ていたかのように話すシアンに、ウィリアムは視線をアイリスへと移動させる。
すると一切動揺することもなく、それが真実であると告げるような眼差しでウィリアムを見つめていた。
ウィリアムは思った。だから婚約破棄の書類を準備し、あとはウィリアムのサインだけの状態で差し出したのだと、あの時からアイリスの心は完全にウィリアムに向けられることはないと宣言していたのだ。
「席を立ったアリーは僕と出会った。そして僕たちは運命の相手同士だと知った。惹かれ合う僕たちだったが、お前がアリーと婚約したことで、距離を置いたんだ」
少し事実とは異なるとアイリスは感じたが、シアン視点で見れば言葉通りだと考えると、口をはさむことはしなかった。そもそもアイリスにはあまりに事実とは異なること以外、訂正する意思もなかったが。
「だが再び出会った。僕たちは運命に導かれるように惹かれ合った」
アイリスはちらりとシアンを見上げた。例え前髪で顔を見えなくとも、下から覗くような形で見上げたアイリスからは、うっとりと過去を思い出しているシアンの表情がよく見える。
幸せそうなシアンの表情をみたアイリスは思わず頬を緩めた。
(確かに運命、よね。シアンが聞いているとも知らずにウィリアムとエミリーを注意していた場面をみせてしまったのだから)
アイリスは心の中で渇いた笑いを漏らした。だからそんなことを知らないウィリアムとエミリーはふるふると震えている。
エミリーは運命的な出会いを果たした二人の話に感動した様子で「アイリス様、よかったです!」と口にしていたが、ウィリアムは顔を伏せ拳を握っていた。
どうみてもエミリーのように感動しているとは思えない様子だった。
「……ない」
小さく呟かれた言葉にアイリスは聞き返す。
「俺は認めない!運命の相手!?そんなものいるわけがないだろう!アイリス!君との婚約も絶対破棄しない!」
人差し指を向け、傲慢にも宣言したウィリアムにアイリスは目を細めた。アイリスだけでない、エミリーもまた同じだった。
「アイリス様、お願いがあります」
「なに?」
「先ほど赤い糸の証明をしなくていいと伝えましたが、撤回させていただきたいのです」
エミリーの願いにアイリスは首を傾げた。既にウィリアムに対しての恋心はエミリーにはない。例えわずかに残っていたとしても、それを上回るほどの醜態をウィリアムは既に見せている。
もしかしてアイリスとの婚約破棄をしないと宣言していることから、犠牲になろうとしているのかとアイリスはエミリーの身を案じた。
だが
「なるほど、それはいい考えだ」
シアンがエミリーの願いに同調する。
アイリスはシアンを見上げた。「貴方まで何を言っているの?」と訴えているような眼差しにシアンは笑みを浮かべるとアイリスの耳元で囁く。
「見せつけてやるんだよ。僕たちの繋がりを」
アイリスはシアンの言葉に目を見開くと、口角を上げた。
そして夢の中で見た光景を再現するかのように、魔力を絞り出す。
ラスト1頁!このまま投稿します。




