33
つい先ほどまでアイリスにはシアンが別人のように映った。
無言で拳を振るう姿は、どこかシアンというアイリスが知っている人格までも変えてしまうように見えてしまったのだ。
そう思うのもシアンの魔力の多さに由来する。
魔力とは人間が生きるためのエネルギーのようなものであると考えられているが、魔力をコントロールできない人間はいつかその魔力に支配されてしまうと考えられているのだ。
だが体が出来上がっていない幼少期に魔力のコントロールを身に着けさせると、体はそれ以上成長しなくなってしまうという研究結果が報告されている。その為、国は魔力操作に関しての判断を年齢で定めた。
昔と違い、年齢が引き上げられたのだが、今では魔力に支配されるほどの魔力の持ち主が多くなく、寧ろ魔力の減少傾向をいわれているためである。
そんな中でシアンという存在は稀だった。
稀に見る魔力量に、父親である国王は今までどうやって生きてきたのかと目を見張るほどの魔力量だったのだ。
今まで王位継承権の為に争うことがないよう、王妃の残酷な一面を鑑みて、息子でありながらシアンとの接触を持たなかったことを後悔するレベルに、シアンの魔力量は多かった。
(これは……王太子の指名も考え直さなければならないな)
余談であるが、国王は直ぐにシアンの学園入りを決めたと同時に、ウィリアムが学園に入学すると同時に公表しようとした王太子への指名を取り消したのである。
だからこそアイリスはシアンが魔力に飲み込まれてしまうのではないかと不安に思った。
シアンに抱き着いたのも、ウィリアムを守るためではなく、シアンの意識を引き戻すため。
ウィリアムはここでもまた、盛大に勘違いをしたのである。
シアンは安堵の表情を浮かべるアイリスの手に、自身の手を重ねると表情をやわらげた。
「ありがとう、アリー」
「いいの。貴方が無事ならそれで」
いい雰囲気を放っているが、見た目でいえばウィリアムが一番重症である。寧ろシアンは怪我一つ負ってなかった。
シアンは立ち上がるとアイリスを抱きしめ返した。アイリスもまたシアンの背に手をまわし、応えている。
そんな二人で関係を察したのはエミリーだった。
恐怖で顔を青ざめさせていたエミリーの顔は、今は血色がよく血が巡り、二人の雰囲気にやられほんのり赤らんでいる。
(アイリス様は見つけていたのね、自分の運命の人を)
運命の赤い糸が見えるアイリスだから、エミリーとウィリアムの恋を応援した。そしてウィリアムの告白に答える気もなく“恋多き若者”と表現したのも、アイリスには既に相手がいたからだった。
それに気づいたエミリーはつかつかと図書館へと足を踏み入れると、解放されても痛みからかのろのろと立ち上がるウィリアムへと平手を打つ。
パチン
気持ちのいい音が図書館の中に響いた。
「なッ」
「え」
「………」
呆然とするウィリアムと、驚くアイリス。そして何の反応も示さずただ成り行きを見守るシアンと、ウィリアムを睨みつけるエミリー。
沈黙の中で先に口を開いたのはエミリーだった。
「私、浮気性な男は嫌いなんです」
ウィリアムは何を言われたのか、理解していない様子でエミリーを見つめたまま固まっていた。
そんなウィリアムにエミリーは顔を逸らすとアイリスへと話しかける。
「アイリス様。……先ほど私と殿下が運命で繋がっていると言っていましたが、証明する必要はもうありません」
「え……」
「私目が覚めました。運命の糸で繋がっている、それを見ることが出来たらきっと、私と殿下も元の関係に戻る、そのように思っていました。でも」
エミリーはそこで言葉を区切ると、ウィリアムへと視線を向けた。
「運命と言ってもそれは可能性です。実際に殿下はアイリス様に心を移した。会わない間の日々は私の殿下への想いを強くしましたが、殿下はそうではなかったのです」
今まで築き上げてきた愛情を踏みにじられたエミリーは、愛情を全て憎しみへと変えてしまったのか、睨みつける眼差しは鋭利な凶器のように鋭さを帯びている。
だがウィリアムはそんなエミリーの態度に、謝罪するどころか怒りを露わにした。
シアンには勝てないが、エミリーには負けないとでも思っているのだろう。ふんぞり返るように腕を前に組むと、眉間に皺を寄せエミリーを見下ろした。
「何を言っているんだ!俺とアイリスは婚約している!心を通わせることは間違ったことではないだろう!」
「見てわからないんですか?アイリス様には既に好いた相手がいます」
「どこの馬とも知れない男に俺が負けるわけがないだろう!」
「………実際ボロボロに負けてましたよね」
「ッ」
何が一体どうなっているのか。アイリスも困惑していた。
気持ちがすれ違ったとしても、二人が運命だと証明したら、多少の違いはあっても物語通り元に戻ると信じていたのだ。
だがそうではない。エミリーはウィリアムへの想いを別の形へと変え、ウィリアムはアイリスへと愛を誓ったままだった。
ウィリアムはエミリーの言葉に苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべたが、くすりと笑ったシアンにつられると、困惑していたアイリスもまた笑いを漏らしてしまう。
くすくすと楽しそうに笑うアイリスは愛らしさに満ちていた。
「な、なにを笑ってるんだ……っというかいつまで抱き合っている!アイリスは俺の婚約者だ!離れろ!」
今更ながらに抱き合っていたアイリスとシアンに気付いたウィリアムが喚くように声を荒げる。
それでも手を出さないでいたのは、シアンが怖かったからだろう。
「ウィリアム。貴方にはエミリーとの関係がうまくいったところで話すつもりだったけど、状況が変わったから今話すことにするわ。彼はシアン・ディオル、私の恋人でこの国の第一王子よ」
「は?」
「へ?」




