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目を覚ました私は泣きじゃくった。
夢の中の女性に無視をされたことではなく、底のない空間を落下した感覚が恐怖となり、それがまだ鮮明に残っていたからだ。
泣く私をお兄様たちは慰め、小一時間ほど経つとすっかり涙は引っ込んだ。
そしてリアルすぎる夢は夢だと思うことが出来た私に、やっと元に戻ったことを悟ったお兄様たちが「どうせクッキーを取られる夢でも見たんだろ?」とからかうように告げる。
少しだけむっとしたが、私が泣き止むまで学生服姿のままずっとそばに寄り添い、抱きしめたり、撫でてくれたりしたお兄様たちに私は怒ることはせずにぷいっと顔を背けた。
お兄様たちは苦笑したが、私のお腹がぐうと空腹を知らせると声をあげて笑う。
なんと、いつの間にか夕方になっていたのだ。
朝ごはんも、お昼ごはんも、そしておやつも食べていない私のお腹はすぐにでもシェフの作る美味しい料理を待ち望んでいた。
空腹からフラフラと起き上がると、お兄様が抱き上げてくれ、私はお兄様に身を任せて食堂まで向かった。
(お母様たちも声をかけてくれたらいいのに……)
そんなことを思ったがお兄様たちの後ろを歩いていたサリーが「起こしても全く起きなかったんですよ」と教えてくれた。
お母様が私の体を揺すっても、サリーが耳元で大きな声を出しても、まったく起きる気配がなかったという。
流石に医者を呼ぼうとお父様が動いたとき、お兄様たちが帰ってきたタイミングでうめき声をあげた私をベシベシと叩いた結果、やっと目を覚ましたらしい。
どおりで頬が痛いと思ったんだ。
私が泣きくじゃっていた時間、お父様とお母様は食事を用意するように指示をし、本当に体に異変がないか確認のため医者へと連絡していた。
ぐうぐうとお腹が音を奏でている間、私はシェフが用意してくれた_本当はおやつとして出されるはずの_クッキーをつまみながら医者の診察を受ける。
何の問題もないことを宣言してもらい、私はようやくご飯を前にすることが出来た。
(いったい何だったのだろうか……)
いつもなら夢を見てもほとんど覚えていないのに、今回ばかりは詳細に思い出すことが出来る夢が気になって、私は空腹と不安を満たす様にご飯を掻き込む。
令嬢としてふさわしくない行動ではあることは自覚しているが、私は7歳の子供だ。
空腹には耐えられない。
流石に綺麗に盛り付けられた料理を手づかみするほど飢えてはいないため、きちんとナイフとフォーク、そしてスプーンを使いながら食事をする。
話だけ聞くと食事マナーを守っているようだが、口に運ぶペースが異常に速く、口周りを汚していたため、見たら注意されるほどであるが、流石に心配してくれた両親は今回ばかりは咎めることはしなかった。
日頃ちゃんと学んだマナー通り食事をしていることも考慮したのだろう。よかった。
そして食事を済ませた私に両親とお兄様たちは訳を尋ねたが、寝ていた私にわかるわけもなく、そして夢の詳細を言葉で説明できない私は「たぶん、夢見が悪かったんだと思うの」と曖昧に答えた。
納得している様子はなかったが、これ以上聞いても私から正確な情報を引き出すことが出来ないと考えた家族はこれ以上追究しないことにしたようだ。
「……明日は王宮に行く日だけど大丈夫?」
そう尋ねたお母様に私は頷く。
「大丈夫!私行けるわ!」
むしろ行かなければ後悔しかない。
だってこの日のために自ら王宮に着ていくドレスを選んだのだから、夢見が悪かったからという理由でせっかくのドレスを着る機会を逃してなるものかという思いだった。
それに夢で見た女性の言葉も気になる。
“小説ではエリちゃんと王子との出会いは幼い頃の茶会だった”
小説は物語などが書かれた本だということはわかるが、エリちゃんと王子の出会いが茶会という言葉が気になった。
もしかしたら私が明日参加する茶会が関わっているのではないか。
他にも私以外に赤い糸が見える存在がいるかもしれないこと、そして女性が私と同じ名前を出して悪役令嬢だといったことも気になった。
(悪役って……なにかの舞台の役柄?それに私と同じ名前の女性がその役をやってるのも、なんだか気味が悪いわ……)
そう思う気持ちもあったが、それよりもなにか嫌な予感がしたのだ。
お母様にも私の気持ちが伝わったのか、「わかったわ」と答える。
私はにっこりと笑うと、まだ心配そうなお兄様たちが「いい夢が見られるように、今夜は一緒に寝るか?」と尋ねてきた。
(ん~……、どうしよう…)
私は悩んだ。
お兄様たちと寝るのが嫌なわけではない。
学園に通うお兄様たちの朝が早いから、私は悩んでいるのだ。
ん~と悩んだ結果、私はお兄様たちと一緒に寝ることにした。
怖い夢を見ても、お兄様たちが帰ってきたタイミングで目が覚めたということは、きっとお兄様たちなら私を夢から引っ張り上げてくれると、そう考えたからだ。
二人に囲まれた私はお兄様たちのぬくもりを感じつつ、再び睡眠の旅へと向かう。
ちなみにずっと寝ていたらしいから、もしかしたら眠れないかもしれない。という不安は杞憂だったようだ。
◇
私は次の日、やっぱり朝早くに起こされた。
お兄様たちの所為かと思ったがそうではないらしい。
王宮へと出かけるために子供の私でもそれなりの準備が必要らしかった。
朝からピッカピカに磨かれた私は着るのが楽しみだったドレスに袖を通していた。
子供が重さに耐えられるように、本物の宝石ではなくガラス製のアクセサリーがドレスに施されていたが、それでも公爵家の令嬢として、首にかけたネックレスだけはエクシロンの家紋が刻まれた宝石で本物だ。
私はお母様と共に王宮へと向かった。




