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こうして公爵家の中ではちょっとした恋の助言者として有名になった私は7歳になった。
相も変わらず赤い糸で結ばれた男女を見つければ背中を押し、今日も今日とて気分よく鼻歌を歌っているとき、お父様からの呼び出しを受ける。
「お父様、アイリスが参りましたわ」
「あぁ、来たね。座りなさい」
お父様の仕事場である書斎のソファに挟まれたテーブルには、私が大好きなクッキーがきちんと用意されており、私は腰を下ろすとクッキーに手を伸ばす前にお父様に用件を尋ねる。
するとお父様は「マリアが来るまでもう少し待てるかい?」と告げた。
ちなみにマリアとは私のお母様の愛称で、名前はマリアベルというの。
私はお父様に答えると、テーブルの上に置かれたクッキーに手を伸ばした。
四角い形、丸い形、形だけではなくチョコ味を連想させる濃い色のクッキーや、イチゴ味のピンク色のクッキーなど、様々なクッキーが用意されていて、私は少しどれを先に食べようか悩む。
だけどやっぱり最初はプレーン味よねと、丸くて白いクッキーを手にすると口に頬張った。
(ん~!バターたっぷり!さくさく!美味しい!)
サクサクとした食感も楽しんでいると、コンコンコンというノック音が聞こえ、すぐにお母様が来たことがわかる。
お父様が返事をすると扉が開けられ、振り向くとやっぱりお母様がいて、私は思わず姿勢を正した。
「待たせたわね。……もう話したの?」
「いいや、まだだ。君が来るまで待った方がいいかなと思ってね」
「そう」と答えたお母様は私に気付くと苦笑する。
もっというと私の口周りについたクッキーカスに気付いた、というのが正確であるが。
「……あまり食べすぎると夕食が入らないわよ?」
「で、デザートは別腹だって聞いたことがあるわ…」
「それはご飯を食べた後の話よ」
「………うぅ」
叱ることはしないが諭すお母様に私は小さく声を漏らす。
そもそも私の大好きなクッキーを用意しておくお父様だって悪いし、私を誘惑してくるクッキーが一番悪い。
美味しすぎるのが悪いのだ。
頬を膨らませる私にお母様はくすくすと笑い、お父様は苦笑すると「話をしてもいいかい?」と尋ねる。
私はやっと本題に入るのねと、デスクに座るお父様の方に体を向けた。
「アイリスにはマリアと共に王宮に行って茶会に参加してもらうことになったんだ」
「私が王宮に?」
こてんと首を傾げ、横に座るお母様を振り向くとお母様は嬉しそうに微笑む。
「そうよ。お母様と一緒に参加といってもメインはあなたたちだから、たくさんおしゃれしないとね」
よしよしとお母様に頭を優しく撫でられた私は気持ちよさげに目を細め、そして頷いた。
この時の私は外向けのドレスを着られることが嬉しかったのだ。
まだ7歳という年齢の私は他の令嬢たちと顔を合わせる機会なんて少なく、室内用のドレスと街へと出かけるドレスくらいしか着ることがなく、綺麗でかわいい華やかでお洒落なドレスを着られることが嬉しかった。
だからなんで王宮へと行くのか、子供の私たちがメインとはどういうことなのかなんて疑問は思い浮かぶこともなく、私はお父様の書斎から出るとサリーのもとへと駆けていく。
「初めってのぉ~、お茶っ会~~」というなんともいえないメロディーを口にしながら、周りの使用人たちに微笑ましく見つめられたのだった。
◇
とてもリアルな夢を見た。
私の部屋よりも狭い部屋に私はふわふわと浮かんでいた。
部屋の中を観察すると、寝返りも安心して出来なそうな小さなベッド、とても低いテーブルはあるのにソファはない。
汚れてもいい服なのか、いくつもの服がぎゅうぎゅうと詰め込まれた透明のキャビネットや、わからないけど薄くて黒い板が置かれたその部屋に、一人の女性がいた。
快適に過ごせなさそうなその部屋には人の形を模したぬいぐるみがたくさんある。
しかもとても精密で、それだけはうらやましくなった。
女性は魔道具なのかはわからないが、小さな長方形のような端末を両手で支え、楽し気にその魔道具を眺めていた。
私は女性が何故そんなに楽し気なのかわからず、女性へと近づき手元の端末を覗き込んだ。
そして私は驚いた。
私やお母様によく似た女の子が端末に描かれていたのだから。
ちなみに私やお母様に似た女の子と曖昧にいったのは年齢が合わないからだ。
明らかに年上の女の子。
だけどお母様よりも若い、私から見るとお姉さんのような年頃の女性。
だから私やお母様ではないということはわかりきったことではあるが、それでもなんだか胸がもやもやした。
そんな私に似た女の子が隅に描かれ、真ん中にピンク色の女の子と金髪の男の子を含めた数人の男性が描かれた絵が消えると、端末からは聞いたこともない曲が流れだし、最近我が国でも発明された動く画、つまり動画が始まった。
やっぱりこれは魔道具なのだと私は気付いたが、明らかに現実ではありえない背景の前で踊る二人の男女が流れたり、お兄様が通っている学園の建物が描かれたりしている。
どうやってこんな動画を撮影したのかと私は不思議に思いながら、食い入るように端末を見続けた。
『くっはー!!エリちゃんかわいい!!』
曲が終わると女性は雄たけびを上げた。
私は体をビクつかせると端末から目を逸らし、女性へと顔を向ける。
『やっぱりいいよね~、“赤い糸の運命”は!メインのカプは小説そのままのストーリーなんだけど、乙女ゲームとして攻略対象の男性も追加されたから思ったより楽しめたわ!
まあアタシとしてはメインカプの王子とエリちゃんが一番なんだけどね!
でもちょっと残念だなぁ、小説ではエリちゃんと王子との出会いは幼い頃のお茶会だったから、小さい頃のエリちゃんが見れるかと思ったのに、ゲームだと学園が初対面だったもん。
まあ悪役令嬢であるアイリスと王子が婚約しちゃっている展開はそのままだったから、学園が初対面でも大して変わらないのかな?』
(え?)
『でも最後の最後でエリたんが自分の魔力で赤い糸を可視化して、自分たちは運命の相手なんだって言った時は小説でもそうだけど鳥肌もんだったわ!エリたん自身も自分の赤い糸はわからないから余計に!
でも他の攻略対象はやばかったなぁ~。まさか攻略対象ごとで必要な魔力量が違うとは思わなかったもん!まあ他の男性を選んだら、そもそも赤い糸は繋がってないのは当然で、繋ぎ直すために魔力量が多く必要とするのはわかるけど、攻略対象たちの本来の運命の相手の女性がちょっとかわいそうかな……。
まぁ登場しないから知らないけど。もしかして意外とアイリスの取り巻き連中にいたりしたとか?』
(まっ、ちょっと待って!なにをいっているの!?私が悪役!?それに私以外にも赤い糸が見れる人がいるってこと!?)
『なんか気になったら隅々まで確認したくなってきた!もっかいやろっと!もちろん王子ルートでねぇ!』
(ねぇちょっと!!あなた聞こえてるんでしょ!?私のこと無視しないで!)
私は必死に女性に呼びかけた。
それでも女性は私に目を向けることなく、私はいない存在として扱われていたことを自覚するとじわりと涙がこみ上げる。
するとグイッと肩をつかまれたような気がした。
今まで感じなかった突然の重力にバランスを崩した私はそのまま後ろに倒れ、頭、もしくはお尻がぶつかる衝撃に備えるべく目をつぶる。
だけど私の体はそのままぶつかることなく落下した。
落ちて落ちて、どこまでも落ちる恐怖。
私は声にならない悲鳴をあげながら、無視されたことによる悲しみの涙は、いつの間にか落下の恐怖に染まっていった。
そして目が覚めた私には、学園から帰ってきたお兄様たちが心配そうにのぞき込んでいる姿が見えた。




