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「ドキドキ、してるわ……髪色も違う、顔も見えないあなたを見て、初めて目が逸らせないって思った。それに、今こうして近くにいるだけで恥ずかしくてたまらないの。目を逸らしたいのに、逸らしたくない……、シアン、あなたは?」
アイリスは不安げな眼差しでシアンを見つめた。
絡み合う眼差しからはシアンの熱量は伝わっていても、どこか余裕そうに見えて、ドキドキしているのは自分だけなのではないかと思えてしまう。だからこそ尋ねてしまった。
シアンは目を細めるとアイリスの手を掴み首筋へとあてる。
するとアイリスと同じくらい、いやもしかしたらもっと早い脈動が伝わり、アイリスは思わずシアンを見つめた。
「どう?ドキドキしているってわかった?」
「ええ……すごく早いわ」
「当たり前だよ。僕は君を、アイリスを愛しているんだから」
シアンはアイリスの手を首筋から離すとそのまま手のひらへと口づける。チュッとリップ音を鳴らし、目線だけをアイリスに向けるとまるで茹蛸のように真っ赤に染めあがるアイリスを見てシアンは笑った。
「婚約のことはわかってるから、僕は待っているよ」
「え?」
「あいつと破棄、するつもりなんだろう?」
嬉しそうな微笑みで話すシアンにアイリスは「え、ええ」と答えるものの、何故婚約破棄に向けて動いていることを知っているのかと疑問に思う。それもシアンにはお見通しだったようで「結界を張るのはいいけど、細部まで確認するように」と告げるとアイリスは不思議そうに首を傾げた。
「空き教室で話していただろう?三人で」
「!」
その言葉だけでアイリスは理解した。シアンが盗み聞きをしていたことをやっと理解したのだ。
だがアイリスの結界魔法は完璧だった。マナ回路を改善させた独自の魔方陣はおいそれと敗れるものではなく、また魔法が破られた反動もない。それなのにどうやってシアンは盗み聞きできたのだろうと尋ねようとしたところで、唇に指先が当てられた。
「僕のテリトリー内に来たのは君たちだよ。それに君たちの計画を聞いていなかったら、僕はきっとこの先もアリーの前に姿を現すことはなかっただろう」
「……え、どうして…?」
「初恋の運命の相手に婚約者がいて、しかもお似合いだともてはやされているのに平然としていられると思ってるのか?………僕には出来ない。実際に出来なかった。君を思い出すと胸が苦しくなった。アリーの話を聞くのも、姿を見ることも苦しくてたまらなかった。早く忘れてしまいたい。忘れることが出来ないのなら、国を出たいとまで考えていたんだ」
「シアン………」
「でも君たちの会話を盗み聞いたことでアリーの考えが分かった。タブリンク令嬢があいつの運命の相手で、妃にするために君の家族も協力しているってことも。だったら僕もアリーの隣に堂々といられるように頑張らないとって思ったんだ。君の功績は耳を塞ごうとしても入ってくるから。そんな君に相応しい男になろうって」
アイリスは悲しそうにしながらも前を向くシアンに胸が熱くなった。そしてずっと忘れずに想ってくれてありがとうと感謝の言葉を口にする。
「アリー……」
二人は見つめ合うと距離を縮めた。徐々に瞼が降り、唇が触れ合いそうになった時、「わぁ!」と大きな声が聞こえてくる。
アイリスはびくりと体を跳ね上げると思わずシアンの体を押した。だが見た目は細く見えても鍛えていたのか、押された体はびくりとも動かない。アイリスは思いもよらないシアンの男らしい一面を垣間見ると、赤い顔を更に赤くさせた。
「………全く、長年越しの再会だっていうのに」
シアンはそう呟くも、アイリスとの話の場に新たな場所を設けず、この場で話し始めたことに問題があったのではないかとアイリスは思った。
だがシアンの魔法で二人のやり取りに気付くことはなくとも、外で、しかも二度めましての男性と唇を合わせようとした自分を思い出すと、アイリスはぷしゅうと頭から湯気が出ているような錯覚に陥る。
もし密室で二人っきりだったら……アイリスはそんな妄想をしていたのだ。
ダメダメと首を振りながら、運命の人との出会いの特別さに再びアイリスは妄想する。そんな押し問答のような行為を繰り返していると、くすりと笑う音が聞こえた。
「最後に教えて。アリーは王妃の座に未練はある?」
突然の問いかけにアイリスはきょとんと眼を瞬いた。だがその質問が何を意味するのかを察すると、すぐに答える。
「ないわ!私は私の運命の人と幸せになりたい!」
シアンはアイリスの言葉を聞くと前髪を垂らし、二人を覆っていた結界を解除した。
そして倒しすぎたスライムの敵でも討とうと現れたのか、大人の女性ほどの大きさのスライムに対峙する二人の前に、シアンが割り込む。
シアンはすぐさま魔法を展開させた。
「キングスライムは少し特殊でね、物理攻撃も必要になるんだ」
そうして現れたのは光の槍。キングスライムを囲むように包囲した光の槍は、シアンの合図で一斉に発射される。
だがゼリー状の体は光の槍を取り込むと勢いを殺した。
核へと届く前に動きが止まる様子を見て「あぁ!」と焦りと不安の声が聞こえてくるが、シアンは指を鳴らすと次の魔法を展開させる。いや、隠していた効果を発揮させたといった方が正しいだろう。
光の槍はシアンの合図を待っていたかのように光を放った。
地上へと落ちる雷のような稲妻が光の槍の先から現れ、それはキングスライムの核へと到達する。
そして
―パリン
核が割れた音が聞こえるとキングスライムの体はどろりとした液状へと変化した。
シアンは直ぐに防御の盾を展開させると、津波のように流れる液状化したスライムの液体を回避する。
あまりにも洗練された動きだった。
「………かっこいい」
そんな呟きがシアンの耳に届いた。だが呟かれた言葉を認識できたのはシアンだけだったのか、他の男二人は「何か言ったか?」とアイリスへと振り返って尋ねるだけ。
シアンはアイリスが戦う自分の姿にも魅力を感じていることに口角を上げると、「そろそろ戻ろうか」と声を掛けた。
淡々とした声色は何故か弾んだように明るくなり、シアンの態度の変化に二人は首を傾げるが、アイリスだけは恥ずかしそうに顔を赤らませたのだった。
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