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「君は?いいのか?」
シアンはここで初めてアイリスへと話しかけた。
先ほどまでの淡々とした、どこか冷たい声色は甘さを含んだものへと変わっており、アイリスはシアンの態度の違いに忘れたわけではないと確信した。
ごくりと唾を飲み込むとアイリスはシアンを正面から見つめる。
「お話があります」
「………いいよ。ただ、ここで話そうか。君は色々と忙しいからね」
シアンはそういうと四人を覆う結界はそのままで、アイリスとシアンだけを囲む結界を更に張る。外の様子は聞こえるようになっているから完全防音というよりは、会話の内容が漏れないよう工夫されているだろう。
これならば婚約者以外の男性と二人っきりになっているという不貞を疑われることもないとアイリスは安堵する。円満な婚約破棄にはアイリス側の理由などもってのほかだからだ。
「これで大丈夫、話していいよ」
「それでは遠慮なく。……早速ですがあなたは何者なのでしょうか?」
アイリスは問いかけるとシアンはコテリと首を傾げた。
目は見えない筈なのに、何故か予想外の質問に目を丸くしている様子が思い描かれる。そしてアイリスはそんなシアンにどきりと胸が高鳴った。
変装しているだろうと予測しているものの、顔も見えない相手に何故ときめいているのだとアイリスは心の中で自身を叱る。
「……そういう質問だとは思わなかったな」
「ではどういう質問だと?」
「そうだな……、“天使も成長するのね”あたりかな」
「!」
アイリスは口角を上げるシアンに驚きを隠せなかった。予想していたとはいえ、こうもあっさりバラすとは思わなかったのだ。
「……あなた、やっぱり……」
「さて、質問に答えようか。先ほどシアン・ルイコスと名乗ったが、本名はシアン・ディオル、この国の第一王子だ」
「だ、第一王子……?」
「……その反応から察すると、君の運命の相手だとわかっていても僕の身分までは知らなかった様子だね」
シアンは「無理もないか」と小さく呟いた。
第二王子とは反対に第一王子の情報は秘匿されている。
安全保障が主な理由ではなく、病弱である第一王子には実質王位継承権がないのも同じ。その為、将来王族としてではなく一般人として生活するためにあえて情報を非公開にしているとアイリスは聞いたことがあった。
だが目の前にいる第一王子を名乗る男性は病弱というよりは健康的で、その発言も疑わしく思える。
そんなアイリスの心境に気付いたシアンは前髪を避けると、真っ赤に輝く宝石のような瞳を晒した。
そしてシアンの容姿にアイリスはほんのりと頬を赤らめる。
成長した運命の相手はアイリスの想像よりもずっと美しく、そして男性らしさもあり、思わず胸の鼓動が高まってしまったからだ。
「“第一王子は病弱だ”君も聞いたことがある話だろう。だがそれは事実ではない」
「……どういうこと、ですか?」
「毒をね、盛られたんだよ。側室の子が第一王子だなんて一部の人間にとってはなんのメリットもない。そんな人たちに僕は毒を盛られた。幸い豊富にある魔力によって毒は勝手に解毒されたから命に別状はなかったんだけどね、さすがに初めて毒を口にした時は倒れたよ。だけど、それが理由で病弱だと言われるようになった」
アイリスはひゅっと息を飲んだ。
「だけど王位に着く野望とか僕にはなかったから、病弱であると言われるだけで平和に過ごせるのならそれでいいと思ったんだよね。君と初めて会った時も、身を潜めていた毎日に飽きて気分転換に外に出ていたんだ。だけどまさか国王が母上に贈った庭園を使っているとは思わなかった。母上も王妃に使っていいと言っていたけど、まさか婚約者探しに利用しているとは思ってもいなかったから、人がいてびっくりしたよ」
アイリスはそれであの時シアンがひどく驚いた眼差しを向けていたのかと納得した。
「………ですが、第一王子は第二王子と同年齢と聞いています。何故同じ学年ではないのですか?」
「それは僕の魔力量が多いからだよ。無意識に魔力が漏れ出し、毒を解毒するほどだったからね。でも次第に毒を盛られなくなり、飽和していた魔力が僕をむしばみ始めた。さすがに成長に支障がでると母上が王へ訴えてくれて、先に通うことになったというわけだ」
「では髪色は何故変えているのです?」
「一種の保険だよ。第一王子が優秀な成績を収めて王位継承権を狙っているのではないのかって疑いを持たれないようにするためのね。だから名前も母上の姓を名乗っている」
アイリスは「確かに……」と小さく呟くと、指先を口元へと触れる。トントンと小さくノックしているかのような小さな動き。
シアンは思わず伏せるように目線を下ろすとコホンと咳払いをした。
「それより、君は第二王子との婚約はしないっていってた気がするんだけど、僕の勘違いだった?それとも王妃の立場が欲しくて婚約したの?」
「それはどっちも違うわ!」
アイリスは食い気味に否定する。自分でも大きな声を出してしまったと自覚しているのか、思わずといった様子でスライムを相手に楽しんでいるウィリアムへと顔を向けていた。
「大丈夫。僕たちの声は届いていないし、結界も幻覚作用を追加しているから、こうして向かい合って何かを話しているだなんて思っていないよ」
アイリスはシアンの言葉にほっと安堵する。そして「よかった」と笑みをこぼしていた。
「ねぇ、違うならどうして婚約したの。君は言ってたでしょう。第二王子の運命の相手は自分ではないって、他にいるって」
シアンはアイリスへ顔を近づけると尋ねた。真っ赤な瞳はアイリスを捕らえて離さない。アイリスはそんなシアンの策略にはまったように、目を逸らすことなど出来ずに、羞恥で顔を赤らめるとぎゅっと目を瞑る。
「拒否、出来なかったのよ!王族が傍にいるっていうのに嫌だなんて言えるわけがないでしょ!」
「でもアリーの運命の相手は僕だよね」
「それはあの時の私にはわからなかったわ!あなたの事本当に天使だと思っていたんだから!」
「今は違うと?」
「そりゃあそうよ!天使のように美しくても人間だってこと今ならわかるわ!」
「じゃあ……、運命の相手が目の前にいるアリーの心境を教えて」
アイリスはその言葉を聞いて、閉じていた目を開けた。すると再び絡み合うシアンの熱い眼差しに、アイリスの胸は破裂してしまいそうなほどに高鳴る。
ドキドキと音を鳴らし、すぐそばにいるシアンにまで聞こえているのではないかと思えてしまうくらいにうるさく感じていた。
アイリスは小さく口を開くと、ゆっくりと話し始める。




