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学園に通い始めたアイリスは初めて使用する魔法に、意欲的に取り組んでいた。
魔力を感じることから始まり、自身の属性、魔法を行使するための魔方陣、その他もろもろを学ぶために、今まで欠かすことがなかった婚約者との茶会の場も疎かにしていたのだ。
だがその努力の甲斐あってか、アイリスの成績は優秀だった。
誰よりも早く魔力を感じとり、誰よりも早く魔力を具現化させた。それが出来れば学園前に覚えておいた魔方陣を魔力で描き、発動させるだけ。アイリスは教師たちの目も見張るほどに様々な魔法に手を出していった。
そしてふと疑問に思う。
(この魔方陣、変えたらどうなるのかしら?)
と。
アイリスは既存の魔方陣を発動させるだけにとどまらず、改良を視野に入れ始めた。
平民の為に夢から得た知識を現実に起こしたことからもわかるが、元々研究者気質だったのか、アイリスは魔方陣の研究に没頭した。時間を忘れるほどに、魔方陣に使われる古代語や複雑な数式から導き出された数値、全てを解読していったのだ。
そしてあっという間に半年の時間が経ち、次は魔力が低いとされる平民の為に、新たな研究をしていると更に時間が経っていた。
ちなみに学業については、公爵家で学んだ教養と夢から得た知識で楽にクリアできることは事前にわかっていた為、最低限の出席と試験をパスすれば、あとは自由にしてもよかった。
そんな日々を過ごしていた時だった。
「どうして黙っておりますの!?」
一人の令嬢がアイリスに詰め寄った。
同じ公爵家のジェーンという令嬢である。こうした突然の言動も同じ爵位の令嬢として親交があるため、アイリスは特になにも思わない。
アイリスは詰め寄るジェーンに首を傾げた。
艶のある髪は綺麗に手入れされていることがわかる、まるでエメラルドのような宝石のように美しい。だがそんなジェーンは涙を浮かべてアイリスに抗議していた。
こんなにも彼女を悲しませてしまう心当たりが全くないアイリスは、ジェーンを落ち着かせながら理由を尋ねる。
「心苦しいのですが、私には心当たりがありませんの。教えていただけるかしら?」
「第二王子と男爵令嬢のことですわ!」
「え?」
アイリスは一瞬首を傾げそうになった。本気で訳が分からなかったのだ。
だがウィリアムとエミリーが恋仲であることは周知の事実ではないことを思い出す。円満な婚約破棄の為にアイリスが仕向けたことであり、それは当人以外ではアイリスの家族しか知らないのだ。
だからこそ、表向きにはウィリアムの婚約者は自分であること失念していた。そしてなにより、婚約者としての茶会をほぼ1年に近い期間、行っていなかったことを思い出すとアイリスは顔を青ざめさせた。
そんな表情を浮かべるアイリスに、詰め寄ったジェーンは勘違いした。
(アイリス様はご存知ではなかったのね……!)
と。
確かにアイリスは入学してから今まで魔法学に没頭していた。常に図書館に入り浸り、人の噂話なんて耳にする機会もない程に勉強していた姿が目撃されていたのだ。
だが次期王妃として情報に疎いわけがないと思われていた。それをジェーンは勘違いだったと自身の常識を改めたのだ。
王妃として国を治める立場の者の隣に並ぶために、高い水準の知識が必要なのだと、その為にアイリスは入学早々やっと学ぶことが出来る魔法学を学んでいるのだと、そして結果アイリスの目が届かないところで婚約者に色目を使う女が現れ、その立場をアイリスがしらないところで奪おうとしていると勘違いされた。
実際にはアイリスは既に知っており、顔を青ざめさせたのは義務である婚約者との茶会を忘れてしまったことが原因だったが。
そんなことなど知らないジェーンは、咄嗟に口元を押さえ、指先を震えさせる。
カタカタと小さく小刻みに震える令嬢にアイリスは背中を撫でた。
「も、申し訳ございません。私……アイリス様のことを想って……、だけどその結果がアイリス様を傷つけてしまうことになるとは……」
(え?)
「……私は大丈夫ですわ。傷など負っていません。ですが……ありがとうございます。ジェーン様のお陰で助かりましたわ」
「アイリス様……」
ジェーンは涙で目を潤ませた。アイリスの言葉に感動を覚えたのだ。
婚約者の不貞行為を知って傷ついている筈なのに強がる姿勢、そして知らなかった事実を教えてくれたと感謝を伝える姿勢。やはりすべてが完璧だと思えた。
だがアイリスは決してそんなことを考えていたわけではいない。
ウィリアムとは表向きの婚約者であることから他の女性と仲良くしていると知っても傷つくことはないし、感謝を伝えたのも決め事である茶会の場を設けてこなかったことに対しての気付きからの言葉だ。
それでもあえて二人に思うところをあげろと言われれば、せめて人目に付かない場所でいちゃついて欲しいとことだけ。
何故なら婚約者はまだアイリスのままで、エミリーはただの男爵令嬢。王子の隣に立てるよう、公爵家でマナーを学んでいると言っても、婚約者の男性に近づいていい理由にはならないのだから。
アイリスは静かに涙を流すジェーンに優しく接し、そして迎えが来るまで寄り添った。
その姿はまるで女神のように人々の目に映っていた。
だが、だからこそ婚約者であるアイリスを差し置いてウィリアムに寄り添うエミリーに、特にアイリスを慕う令嬢たちは敵意を抱くことに繋がるとは思いもしなかった。




