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そうしてウィリアムの初めてのお出かけが始まった。
場所は王都なだけあって、旅路は長いものではなかったが、それでもウィリアムは初めての経験にきょろきょろと興味深そうに、馬車から覗き見える光景に目を奪われている。
アイリスはそんなウィリアムにふと笑みを浮かべたが、「なんだよ」と照れ臭そうに呟くウィリアムに「なんでもないわ」と目を閉じた。
ウィリアムは目を閉じたアイリスにドキリと鼓動が高まった。
二人だけの狭い空間を意識した途端、先ほどまで興味深かった景色など色あせるほどに、ウィリアムはアイリスに釘付けになっていた。
特に血色のいい小ぶりなアイリスの唇に。
何故アイリスから目を逸らすことが出来ないのか。
ウィリアムにはわからなかった。
この感情が何を意味しているのか、何故うるさい程に鼓動が高まるのか、その理由をウィリアムは知らずにいた。
ただ、この時間がずっと続けばいいと、そう思っていた。
だがそんな時間ほどあっという間に過ぎ去るもの。
馬車が止まる。
アイリスは閉じていた目を開けると、外を見ているだろうウィリアムと視線が絡み合ったことに首を傾げたが、馬車から降りるために口を開いた。
「…………ついたわね」
「あ、ああ。そうだな」
挙動不審気味なウィリアムに疑問を抱きつつも、アイリスは腰を上げ馬車から降りるウィリアムに続く。
そして外で待機していた兄に気付くと嬉しそうに微笑んだ。
「お兄様、今日はよろしくね」
「ああ、しっかり守ってやるよ」
ウィリアムはそんなアイリスを見て、ぎゅっと心臓が痛んだ。
だがすぐに痛みは消えたことから深く考えることはなかったが、それでも自分に向けられる笑みとは違うアイリスの表情を見て、不思議と面白くない感情が沸く。
一方アイリスはそんなウィリアムの視線に気づくことはなかったが、ただの剣士としてではなく魔法剣士を目指すアイリスの兄シリウスは、ウィリアムの視線に気づいたと同時に、その視線の意味を勘繰った。
そして、好意を寄せる令嬢がいるにもかかわらず、愛する妹の魅力に気付き、心を寄せ始める王子に怪訝な表情を浮かべながら、“(こりゃあ“円満”な婚約破棄は難しいかもしれないな)”と考える。
それでも愛する妹が幸せになるのなら兄として協力を惜しまないことは既に決めているため、今日の計画であるウィリアムと運命の相手である令嬢を引き合わせる目的は遂行してみせると改めて思った。
「シリウスお兄様、例の件は大丈夫?」
「問題ないさ」
「それなら安心ね」
ウィリアムは兄妹の会話に首を傾げる。
一体自分がどのような目的で市井に来たのか覚えていない様子であるが、アイリスは既に完璧な条件が揃っていることを兄から聞いて知っているために、ウィリアムの背中をぐいぐい押して急がせた。
ウィリアムはアイリスが自身に触れていることで顔を赤らませているが、その様子を傍から見ているシリウスはあまり面白くないと感じている。
(妹よ、その行動は悪手だぞ………)
シリウスは魅力あふれる妹の行動に不安でいっぱいだった。
確かにアイリスは見た目だけでいえば、釣り目がちで少しきつそうなイメージを持たれるかもしれない。だが身内には優しく、領地の民のことも考え、魘され苦しんでいた悪夢から知識を活用し、出来すぎた頭脳と精神を持っている。それだけでもアイリスが如何に素晴らしい存在であるかはわかるものだが、年々美しく成長していっている妹に年頃の男の子の気持ちが揺れ動くのは当然のことだった。
だからこそシリウスはウィリアムの気持ちがアイリスに偏り始めていることに気付くと、どうしようもない不安に駆られる。
そこでウィリアムを応援することが貴族令息として当然の考えであることは理解しているが、アイリスがちっともウィリアムに恋心を抱いていないのが致命的だ。
ここでアイリスもウィリアムに気持ちがある姿が見えれば考えも変わるが、心からウィリアムが運命の相手とうまくいくことを願っている様子に、シリウスは貴族としての考えではなく妹の幸せを願う兄の気持ちを優先させる。
そして偶然という形でエミリーとウィリアムを引き合わせたアイリスは、兄と隠れながらウィリアムの恋を応援するのであった。
兄シリウスも、エミリーと再会したウィリアムがあっという間に心変わりした様子から、“(やっぱり妹にこの男は相応しくない)”と考え、全力で婚約破棄への協力をしたのである。
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