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赤い糸が見える悪役令嬢らしい私は王子との婚約を破棄したい  作者: あお


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◆◆



「おはようございます、ウィリアム殿下」


アイリスは城へと登城すると、婚約者である第二王子のウィリアムへと頭を下げた。

貴族令嬢として身に着けた完璧なカーテシーを披露するものの、ウィリアムの視線はアイリスが持ち込んだ大きなカバンに釘付けになっていた。


「………それはなんだ?」


「これは今日殿下に着ていただくお洋服よ」


「洋服?」


ウィリアムは首を傾げた。

王族だからというわけではないが、服だけではなく食べる物にすら困った記憶がないウィリアムは、自分に用意された洋服の意味がよくわからなかったのである。

いや、ウィリアムの表情は照れを隠しているようにも見えるため、“アイリスが用意した洋服”という部分に感じるところがあるのだろう。

だがそんなことに気付かないアイリスは頷いた。


「町に出かけるといったわよね。郷に入っては郷に従えという言葉があるように、私たちも服装は変えなければいけないわ」


「なるほど、むやみやたらと王族としての威厳をまき散らすものではない。そういうことだな?」


「……その通りよ」


アイリスはにこりと笑みを浮かべて返事した。決してチョロい王子だなと思ったわけではないことを伝えておこう。

そしてウィリアムはアイリスからカバンを受け取ると、着替えるために別の部屋に移動する。

婚約者として2年ほどの時間が経過し、また勉強から逃げてばかりだった手の付けられない王子に勉強をさせたという怪奇現象を起こしたことで、国王並びに王妃、そしてウィリアムの教育担当からも高い称賛を受ける形となったアイリスは、王宮ではウィリアムの自室へ立ち入ることが許されていたのだ。

その為ウィリアムはアイリスから洋服が入ったカバンを受け取ると、自室の隣にある寝室へと移動する。

アイリスはウィリアムが着替えている間、世話役であるメイドが入れ直したお茶で一息ついて待っていた。


アイリスは窓から外を眺めた。

ウィリアムの部屋の窓からも見える庭園には一年中咲くと言われている薔薇が、以前見た時と同じ美しさで咲いていた。


(……あれから一度も会えていないわね……)


アイリスはふと思い出した。

第二王子であるウィリアムの婚約者選びが行われる茶会で出会った男の子。あの時は天使だと疑わなかったが、成長した今ではあれは天使ではなく、人間の男の子であることがわかる。

そもそも人間ではなかったとしたら精霊か魔物のどちらかなのだが、王城に張り巡らされた強度な結界を通り抜けることが出来る魔物などいるわけがない。

そうすると精霊という可能性が出てくるのだが、精霊は魔力眼ごしでないとみることが出来ないとされていること、まだ学園に通う歳ではないアイリスには精霊が見れるわけがないのだ。

となると人間しかありえないのだが、アイリスは当時の記憶を思い出すと頬を赤らませた。


(………私の、運命の人、だったのよね?)


アイリスは今も変わらず他人の赤い糸が見えている。だが自身の赤い糸は見えない。

たった一人を除いて。


まだ純粋さが抜けない年頃だったとはいえ、アイリスは運命の人を天使だと勘違いしたことを思い出すと、途端にとてつもない羞恥心がこみ上げてきた。

ここが自身の家であれば体を丸め、うずくまっていたところだろう。もしくは自身の部屋であったらベッドにダイブしていた。枕に顔を押し付けながら奇声を発していただろう。

だがここはウィリアムの部屋で王宮。そんな行動はとれるわけがないアイリスはぐっとこらえた。

そして視線を彷徨わせながら、過去に天使と呼んでしまった自分の運命の相手を探す。

だが


「いるわけが、……ないわよね」


あれから2年。アイリスは再び運命の相手に出会うことが出来なかった。

絹のように輝く銀髪の髪色は遠目からでも目立つ筈。そして思わず天使と間違えたほどの美貌の持ち主、たった2年ではあるものの成長した姿は更に磨きがかかっていることだろう。

そのような見た目ならばまだ社交界に出ていなくとも噂になっていても可笑しくはない筈なのに、そのような令息の話は聞いたこともなかった。

その為アイリスがわかっているのは見目がいいことと年齢は同じくらい。王宮に“呼ばれる”程の爵位ある家の子供であることの、たったそれだけだった。

だからこうして、アイリスはウィリアムの自室への立ち入りが許される頃から隙を見ては庭園へと目を向けるようになった。運命の人を探すために。

その行動が実を結んだことはないが、いつものことだと考えられるようになったアイリスは小さく息を吐き出した。


「アイリス、本当にこれでいいのか?」


寝室へとつながる扉が開かれると、眉間に皺を寄せながら不安げな眼差しでアイリスを見つめるウィリアムが現れた。

どうやら手渡した洋服に袖を通したものの、普段着ている洋服との差がありすぎて不安になっているらしい。

アイリスはカップを音もたてずに戻すと「大丈夫ですよ」と声を掛けた。


「だが……」


「もしかして殿下は見たことがないのかしら?」


「なにをだ?」


「民の様子を、よ」


アイリスの言葉にウィリアムは言葉を詰まらせる。

だがそれは当たり前のことだった。王族ともあろうものがおいそれと危険のある場所へと出向くことは出来ない。例えそれが納める土地であろうが関係なかった。

そしてウィリアムはまだ自身の魔力操作もできない子供である。成長の妨げになるかもしれない可能性を考え、例え王族であろうが学園へ通うまでは魔力の操作は基本禁じられているのだ。

その為、自身を守る術ももたない若い王族が外に出ることは出来ない。


「……別に責めているつもりはないから誤解しないで。私が言いたいのはそれが民が着る洋服で間違いがないという事なの」


「……こんなに着心地が悪いものを着ているのか?」


「…そこまでいう程かしら?」


アイリスは首を傾げた。

確かにリネンは初めて着るときにはゴワゴワとした質感で、王族が身に着けているコットン素材の服に比べると雲泥の差があるが、それでもウィリアムに手渡した洋服は何度か洗濯を済ませたもの。

アイリスも手で触り、問題ないだろうことを確認したが、日頃コットン素材の洋服を着ているウィリアムにとっては着心地が違うのだろう。

ちなみにアイリスは子供のことから何度も街へと出かけていることから、平民が着る洋服を何度も着る機会があった。着心地が悪いとはもう思わないし、ウィリアムに手渡した洋服だって“それなりに柔らかく肌に馴染むだろう”と思ったからこその判断だ。


だがウィリアムはアイリスの言葉を誤解した。

既に経験済みでそれが普通であるからこその発言だったが、ウィリアムは“アイリスは平民が着る服には関心がない”と受け取ってしまったのである。

その為ウィリアムは少しだけむっとしたが、すぐに思考を切り替えた。

王子らしく、王太子へ指名されたら絶対に民の暮らしをよくしてみせると意気込んだ。

王子としてはとても立派な志ではあるが、ウィリアムはアイリスのエクシロン領地がいかに優れているかを知らない。

まだ平民にとって手の届かないコットンを流通させるために、アイリスは機械を夢の中の知識を使って完成させた。

コットンが庶民の間にも広まらない理由として、手作業での効率の悪さが大きな理由だと知ったのだ。その為、収穫した綿花の中にある種を取り除くための機械を、また均一な太さの糸に紡ぐ機械を作り上げ、その結果エクシロン領では平民でもコットン素材の服が普及した。

だが国全体で普及させるにはコットンの生産量を増やすことが必要なこと、アイリスが作った機械を更に増設することが必須となった。

それらを広く普及させるためにも、現在利益勘定やコットンの製作地の検討なども含め、王家への意見書を作成中なのである。勿論これはアイリスではなく、アイリスの父である公爵が行っているが。


しかし今回アイリスらが行くのは王都。エクシロン領ではない。

その為リネンで作られている服を用意したというわけである。

つまり何がいいたいのかというと、ウィリアムがやらなくともアイリスを筆頭としたエクシロン公爵家によって、平民たちの暮らしが徐々に向上しつつあるというわけだ。


アイリスは少しだけ不機嫌な雰囲気を放つウィリアムに首を傾げながらも腰を上げた。


「早速行きましょうか」


そう声を掛け、王子を王宮から連れ出したのだ。

勿論許可なく行ったことではなく、全て申請し認められた行動である。

それらを可能としたのはエクシロン公爵家が全面的に協力体制にあったからだ。

いくら王族とはいえ大勢の護衛を引き連れては民への負担、そしてその行動自体が身分を明かしているというもの。

その為、当初は遠慮していた兄の護衛をアイリスからお願いすることとなった。

遠巻きで近衛騎士団の護衛が配置されるものの、エクシロン家自慢の息子の護衛が大きく影響した。


(さすが私のお兄様ね!)


王族も認めるほどの実力を持った兄への評価にアイリスは思わず胸を張る。

勿論アイリスの両親はアイリス以上に鼻が高かった。


「え、これからか?許可はとっているのか?」


「当たり前でしょう。そうじゃなかったら提案なんてしないわ。それに安心して、私たちの安全はお兄様が守ってくれるから」




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