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アイリスはウィリアムには伝えていないことがある。
エクシロン家でアイリスがウィリアムとの婚約を破棄したいという意向を皆が知っているという点だ。
長年恋のキューピッドをやってきたアイリスは、詳しく話さなくとも、使用人たちは“殿下の運命の人は私ではないわ”と一言いっただけでそれを信じた。
『お嬢様は素敵な方です。そんなお嬢様のいったことは外れたことがありません!』
『私もお嬢様のアドバイスのおかげで恋人ができました!』
『お嬢様は王子殿下に別の運命の相手がいるといいました!ということは、お嬢様の運命の相手も殿下ではないということでしょう!』
“私たちはお嬢様の言葉を信じます!!”
と最後は皆が口を揃えて告げた。
勿論その中にはサリーもいる。
最初は王子との婚約者として認められたアイリスを微笑ましく、そして自慢の主だと尊敬の眼差しを向けていたが、アイリスの言葉を聞いてからは、円満な婚約解消を目指すアイリスを応援していた。
流石にあからさまな邪魔はできるわけもなく、したことは王子のためのわかりやすい教材作りに勤しむアイリスの疲れを癒したり、頼まれた資料を集めに行くくらいである。
だがそのような形でもアイリスの周りはアイリスを応援していたし、嬉々として手助けしていた。
そしてそれは家族も同じだった。
家族が集まる部屋でアイリスたちはくつろいでいた。
そこで近況報告することは日課となっている。
「じゃあ今週からは王城ではなく市井に向かうということだな?」
アイリスの兄であるカシウスは問いかけた。
アイリスには双子の兄がいて、カシウスは長男である。
エクシロン公爵家の次期当主としての自覚があるからか、カシウスは子供の頃から勤勉なだけでなく、アイリスや双子の弟であるシリウスの面倒をよく見ていた。
七歳年の離れたアイリスに関しては面倒を見ていたといっても違和感がないが、双子であるシリウスに対して面倒を見ているというと、首を傾げる者もいるだろう。
だが双子とはいえ真逆な性格を知ればその言葉に納得する者は多かった。
「なら俺が護衛としてついてってやろう」
シリウスが頭の後ろに手を組みながらアイリスに提案する。
カシウスと比べれば知能面では若干劣る部分もあるが、身体能力だけで見れば非常に素晴らしい才能を秘めていた。
その為シリウスは次期公爵家を継ぐ兄の補佐として、エクシロン公爵家の騎士団へと加入済みである。
また血縁関係だからと贔屓はせずに、一個人として評価するようにと、父である公爵閣下だけでなく、現在のエクシロン騎士団団長への宣言もしていることから、シリウスは末端の見習い騎士から奮闘していた。
そして学園を卒業した今では、見習いから正式な騎士として認められていた。
「いえ、流石に毎週市井に向かうのはどうかと思われますので、王城への登城も挟むつもりです。あと護衛は不要ですわ」
アイリスは兄たちの質問に答える。
カシウスは「なるほど。それがいいだろうな」と答える一方で、提案を断られたシリウスは肩を落として落胆した。
シリウスに動物の耳でも付いていたのなら、きっと悲しみから垂れ下がっていることだろう。
アイリスは落ち込むシリウスに苦笑しながらジュースが入ったガラスのグラスを置いた。
「……護衛を断ったのは近衛騎士団がいらっしゃるからです。流石に王家直属の騎士がいるのに公爵家からも…となれば、信用問題になるでしょう?」
「だが!俺はお前の兄だぞ!?可愛い妹が狼のような男と、しかも市井に行くんだ!兄としてついていかなくてはならないだろ!」
「私にとって心配性のお兄様でも、はたから見るとそう映りません」
「なぜだ!?」
「お兄様の態度です」
アイリスの言葉にシリウスは首を傾げているが、他の家族や使用人は分かっているかのように頷いた。
アイリスははぁと息を吐き出す。
「お兄様は第二王子が気に入らない態度を普通にとるではないですか」
「それの何が悪い?お前だって婚約を破棄したいと考えているではないか」
「私は円満な婚約解消を望んでいるのです」
シリウスはよくわからないと眉を顰める。
形のいい唇は少しだけ尖り、不満をあらわにしていた。
そんなシリウスにカシウスが間に入る。
「アリスはね、“いい婚約者”のまま関係を終わらせたいと言っているんだよ」
「“いい婚約者”?」
「そうだ。婚約者同士でなくとも関係が悪かったらどうみえると思う?世間一般的には王族を非難する者はいない、たとえ婚約を破棄することが出来たとしても、婚約関係がうまくいかなかったのも全て王子ではなくアリスが悪かったのだと広められてしまう。
だが関係に良好に見せることが出来れば、アリスも非難されることはないだろう。だからこそアリスは“良好な関係”を維持したまま婚約解消を考えているんだよ」
シリウスはカシウスの言葉に「面倒くさいな」と呟きながらも納得したようで、渋々ながらもアイリスの護衛として市井についていくことをあきらめた。
残念そうにソファの背もたれに身体を預け、全身から力が抜けたように目をつぶっている。
アイリスはそんな兄の様子にほっと胸を撫でおろしながら、隣に座る母親マリアベルへと顔を向けた。
「お母様、頼んでいたことはどうでしょう?」
「たっぷり時間があったからね、当然調べはついているわ」
微笑みあうアイリスとマリアベルの様子に、カシウスとシリウスは首を傾げる。
性格は似ていなくとも双子だからか、首を傾げるタイミングも角度もぴったり息を合わせたかのように同じ二人に、マリアベルとアイリスは思わずくすりと笑った。
「実はね、お母様にお願いしていたんです」
「お願い?」
「ええ。あらかじめ王子が想いを寄せる女性の調査をお母様にお願いしていましたの。好きな嗜好品や習慣的に行っていること、あと想いを寄せている、もしくは寄せられている男性とかね」
アイリスは夢の中でみた未来と、自分の能力によって運命の赤い糸で繋がれていることが確実な二人を早々に再会させ、そして将来的には婚姻まで突き進んでもらうべく、まずはエミリーについてどんなに小さなことでも調べてもらうことにした。
勿論年齢的にも子供であるアイリス一人で行うことは限界があるし、どこに依頼してもすぐバレる。
アイリスは一人で準備を進めるのではなく、協力的な姿勢を見せてくれた家族にお願いした。
そしてアイリスの判断は正しかった。
そうでなくとも、第二王子の教材作りにかなりの時間を取られていたため、頼んで正解だったと思ったのだが、なにぶんエミリー自身の行動範囲が狭かった。
そもそも普通の令嬢は家から出ないことが多い。
しかも十にもなっていない子供なら尚更だ。
なにかあってはいけないと、お金のある貴族なら商人を家に呼びつけるのが普通であるし、エミリーに婚約者がいれば外に出ることもあるだろうが、エミリーには婚約者はいなかった。
いやアイリスの計画上婚約者がいれば更に複雑になり、第二王子との婚約解消も夢のまた夢となってしまうだろう。
エミリーに婚約者がいないという事実は喜ばしいことではあるが、その分エミリーの調査には時間がかかってしまった。
アイリスから任されたマリアベルは、エミリーの行動を調査するだけに終わらなかった。
娘の計画を知っている一人として、邸宅の敷地内だけが行動範囲のエミリーをどうにかして外に出るように仕向けたのだ。
まず同じ年齢の娘を持ち、且つ第二王子の婚約者候補として招かれた令嬢の母親を全て屋敷に招待した。
公爵家と男爵家の家格の差はかなり大きい。
だが、マリアベルが招いたこと、そして茶会の中でも“気軽に話しかけてちょうだい”と口にしたことで、少なくとも話が出来る間柄へと変わった。
マリアベルは母親として、子供に対する教育方針から愛情の注ぎ方を熱く語った。
その話の中にはひっそりと娘と出かける楽しさを盛り込ませている。
そこからは段階を踏んでマリアベルは動いた。
何度も開催される茶会。
その中にはアイリスも一度は参加したが、週一の登城を命じられてからは参加できなくなったのだ。
それでも雰囲気のいいお店を紹介すると同時に、人気メニューも取り寄せ、招待客たちにふるまうと次第に足を運ぶようになる。
エミリーの家族も同じだった。
最初は取り寄せたり、使用人たちに命ずるのが基本的な貴族たちでも、公爵の身分でもあるマリアベルが行うのならと、数度目の茶会の後、自ら店へと足を運ぶようになった。
豊富にあるスイーツたちを目の前に、最初から用意されているものではなく、自身で選ぶというシステムが気に入ったのだろう、そこからはマリアベルから言われなくとも週に一度通うようになったし、他のお店も開拓するようになった。
お陰でエミリー本人も街への興味が芽生え、外出するようになったのだ。
「だからばっちり☆夫人経由で好みも熟知しているし、愛用しているお店だってわかっているわよ」
アイリスはマリアベルから調査結果を聞くとふんふんと口角をあげる。
「お母様のお陰で行き先はばっちりね!あとは偶然を装って殿下と出会わせるだけ!」
アイリスは拳を作った。
エメラルドのような瞳をキラキラと輝かせているが、その奥には赤い髪のようにメラメラとやる気に燃えている。
だがここにはアイリスを応援する者たちで埋めつくされていた。
アイリスは作った拳を天井に向け突き上げる。
「婚約破棄まで頑張るぞ!!!」
そんなアイリスに同調するように周りも腕を突き上げた。
『おぉー!』
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