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月に一度の茶会は6回を超える頃になると週一度の頻度で設けられるようになった。
そうなったのは和気あいあいと楽しむ二人の様子を実際に確認しようと、王妃が直接足を運んだ結果、勉強に取り込む二人の光景を目撃したからだ。
本来ならば月に一度のお茶会なのだからもっと仲を深めさせるためにも互いのことを知るために話をするべきだ。
王妃もそういったことに時間を使ってもらいたいと考えたが、如何せんウィリアムは体を動かすことは好きだが、勉強は苦手だったようで数々の家庭教師を泣かせてきた。
どうにか教育を受けてもらいたい。次期王位になるために、勉強をしてもらいたい。
そんな親心を持った王妃の心を鷲掴みしてしまう衝撃の光景に、王妃は問答無用で部屋に乱入した。
『アイリスちゃん!!これからはもっときて!!!お願いよおおお!』
そんなことを叫びながら飛び込む王妃に、アイリスは恐ろしいものでも目撃したかのように驚愕した。
ウィリアムもそんな母親の姿を見るのが初めてだったのか、アイリスと同じく身を震えさせる。
流石にお付きの者に止められた王妃はすぐに我に返ると、何事もなかったような美しい笑みを浮かべ、その場でアイリスの登城の日にちを決めていった。
そうしてアイリスは週に一度の頻度でウィリアムへと会いにやってきているわけだが、ふたを開けてみると婚約者として仲を深めるというよりは、頭が悪い弟の面倒をみているアイリスと、勉強を教えてもらって当然だと思っている生徒のようなウィリアムのような構図である。
毎回アイリスを案内する執事はもやもやしたような、本当にこれでいいのかと疑問に思っていたが、一度も心情を言葉にしたことはない。
「はい、そこまで!」
アイリスは子供の手には大きい懐中時計の秒針が上を示すと、口で知らせるとともに手をあげた。
そしてウィリアムはアイリスの声に反応しペンを置く。
「お~わ~た!!」
くつろげるように柔らかめのソファが置かれた応接室には、いつの間にか集中できるように勉強机が置かれるようになった。
ウィリアムは正していた姿勢を椅子の背もたれに持たれかけると天井を見上げる。自然が描かれた天井は、文字や数字ばかりを追っていたウィリアムの目を少しだけ癒した。
ウィリアムは直ぐに体を正し、アイリスに向くと口角をあげる。
「なぁどうだった?!」
「まだ採点中だから、ソファにでも座って待っててよ」
最初こそ堅苦しい態度だったアイリスは、何度も王城へと足を運ぶと次第に雰囲気を柔らかいものにさせ、今では敬語のけの字も感じさせない態度で接するようになった。
それこそ侍女見習いのサリー相手のように。
だがウィリアムも堅苦しい態度を取られるよりはマシだと考え、アイリスを咎めたりはしなかった。
寧ろ距離が近く感じたような気がして喜びさえある。
ウィリアムは勉強机として設置されたデスクから立ち上がると、アイリスの言葉に従うようにソファへと向かった。
そして腰を下ろすと採点するアイリスをじっと見つめる。
ウィリアムは最初、アイリスとの婚約が本当に嫌だった。
自分が惹かれた女の子は、雰囲気も髪色も柔らかい印象を与えるエミリー・タブリンク嬢であるのに、真っ赤な髪色で自己主張が強そうな、エミリーとは正反対のアイリスと婚約することが嫌だった。
(俺の婚約者を決めるのに、なんで俺に意見を聞かないんだ!)
どんどん話が進んでいく中ウィリアムはこう思っていた。
そしてチラチラとウィリアムを“見つめてくる”アイリスを見て、”この女が我儘をいったのだ”と誤解した。
今思い返せばアイリスは茶会が始まり早々に席を立った。
ウィリアムの婚約者になりたい気持ちがあるのなら、自分をよく売り込むために席を立つだなんて愚かな行為は絶対しない。
中には”押してダメなら引いてみろ”といったアプローチ方法もあるだろうが、それば互いを知っている場合だ。
初めて顔を合わせ、初めて席を共にするような場面にそれは悪手である。
だからこそアイリスがウィリアムの意識を自分に向けさせるためにとか、そういう意図をもって行ったことではないのだとウィリアムは思い返していた。
我が強そうなアイリスの目は、笑うとやわらかい印象に変わり、思わず何度でも見たいと感じさせる。
いつの間にか始まった勉強会は思えばアイリスの一言が始まりだった。
『そういえば殿下は教育はどのような感じで進めていますか?』
エミリー・タブリンクを王妃に認めさせるためには、まずウィリアムと仲を深め、そして恋仲となり、エミリーがアイリスよりも優れた女性になってみせるという意気込みを持つことが必要で、実際にやり遂げなければならないのだとアイリスは語った。
そして先ほどの質問に戻るが、ウィリアムはアイリスの質問に怪訝な顔を浮かべる。
『何故だ?』
『何故って……“頭がいい”“運動が出来る”“顔がいい”と好きになる理由には色々ありますが、殿下は王子なんですから頭がいいというポイントは結構重要です』
『え、そ、そうなのか?』
『勿論ですよ。普通の貴族ならそこまで優秀さを求めませんが、殿下は次期王位を継ぐ方ですよね?頭が悪いところを少しでも見てしまったら、“この人で大丈夫かな”と思うものです。そんな不安が殿下に対する不信感にも繋がり、異性として見てもらえなくなりますよ』
アイリスの言葉に狼狽えるウィリアムをみたアイリスは、眉を潜める。
『……もしや、勉強から逃げてます?』
『い、いや…その…』
否定しようとするウィリアムだったがアイリスのなんともいえない眼差しを見たウィリアムは、口を閉じ頷いて答えた。
そんなウィリアムを見たアイリスは“ふぅ”と小さく息を吐き出す。
(まぁ想定内ね。ゲームキの中の殿下はお世辞にも頭がいいとはいえなかったし…)
アイリスは当初の計画にはなかった勉強会を実施することを決めるとウィリアムに告げた。
『わかりました。当分の間、茶会の時間はお勉強の時間にしましょう。殿下はどこまで進んでいるのか、次に会うまでにまとめておいてくださいね』
『え!?』
『え。じゃないです。さっきも言ったように殿下が馬鹿だと困るんですよ。殿下だって私ではなく気になった女の子と婚約結びたいですよね?』
『…そ、そりゃあ、まぁ…』
『なら頑張りましょう。私もお手伝いしますので』
にこりと微笑むアイリスにウィリアムは反論する気も起きず受け入れた。
勝手に誤解していたという負い目があるからか、ウィリアムは何故か笑みを浮かべたアイリスに、反論の言葉一つも浮かばなかったというのが勉強が始まったきっかけである。
ウィリアムがアイリスに何故反論することができなかったか。
それがどんなことを意味しているのかはわからないが、それでも“ウィリアムを手伝う”と約束してくれたアイリスにウィリアムは嬉しそうに笑みを浮かべた。




