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【完結】地つなぐ者  作者: 駿河晴星
第七章 キビ

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第七章 キビ(三)

 イサセリはウメの言葉に強い違和感を覚えた。


 キビの仲間を名乗り、姉上の名まで出すとは。


 助けてもらうための巧言なのだろうか。


 ウメに尋ねたかったが、イサセリの口が開くより先に、首長のやしきの方から少女の声が聞こえてきた。


「何の騒ぎであるか」


 出てきたのは、十二ほどの少女だった。


 白い絹の長衣がゆらめき、胸元で三つの勾玉を連ねた首飾りが揺れていた。


 目尻に引かれた大胆な朱が、モモソヒメを彷彿とさせる。


 キビの巫女にちがいない。


「アズキ様」


 里人が彼女の名を呼んだ瞬間、イサセリの動悸が激しくなった。


 亡き妻と同じ名を持つ少女。


 偶然とはわかっていても、その名が呼ばれた瞬間、淋しさを伴った熱が胸の奥に広がった。


 奪われた妻の首飾りは、いまどこにあるのだろう。


 ウメが一歩前に出て、静かに口を開いた。


 イサセリの耳に不思議な響きを持つ言葉が届く。


 ウメがイヌカイ族の前で歌っていた祝詞に似ていた。


 目を見開いたアズキは、早足でウメに近づく。


 彼女の足音に合わせるように、兵士たちは自然と道を開けていった。


 アズキはウメの前で立ち止まった。


「あなたも、巫女なのですね」


「はい。追われています。キビの里長の一人に捕らえられていました。名は……」


 ウメは言葉を切り、そっとトメタマの方を振り返った。


「ヒサシ!」


 里長の名を聞き、アズキの細い眉が寄せられた。


「わかりました。どうぞ邸の中へ」


 アズキは軽く一礼すると、機敏に周りの者へ指示を出した。


「邸の者は湯と寝床の用意を。兵は持ち場へ、里人は家へ戻るように」


 人々が散っていく中、洞穴の見張りをしていた兵士たちだけがその場に残った。


「早く持ち場へお戻りなさい」


「お待ちを、アズキ様」


 太い男の声がした。


 里の入り口から、数人の兵を伴った兵士長が走ってきた。


「この者たちは大罪人! 罪人の穴を抜け出す際、四人もの兵の命を奪っています!」


 アズキの目が鋭く細められた。


「なぜ彼らが罪人の穴に? 私はそのような報告は受けていないが」


「それは、ウラ様が帰ったらしようと……」


 兵士長の言い訳にアズキは深いため息をついた。


「首長の妻に価値はないと申すか」


「あ、いや、そんなことは……」


「もういい。早く去りなさい」


 アズキが手を振ると、兵士長たちは歯を剥き出しにしながら立ち去った。


「失礼いたしました。お話は中で伺いましょう」


 アズキが身を翻すと、控えていた宮女たちが静かに列を作って付き従った。


 イサセリたちも続こうとした、その時だった。


 ウメの体が前方に崩れ落ちた。


「ウメ!」


 イサセリは反射的に腕を伸ばし、彼女の体を受け止めた。


 熱い。


 触れた腕を通して伝わる異常な熱に、イサセリは息を呑んだ。


 ウメは目を閉じ、眉をひそめ、苦しげに息をしていた。


「ウメ、しっかりしろ!」


 ウメの目がかすかに開いた。


「申し訳、ありません。イサセリヒコ様」


 その掠れた謝罪には、体調不良を詫びる以上の、何か重い意味が込められているように感じられた。





 わらで編んだむしろに横たわった途端、イサセリは体が沈みこんでいく感覚に襲われた。


 寒気がして、麻の上掛けを首元まで引き寄せる。


 まるでウメに共鳴するように、イサセリの体も熱を帯びてきた。


 幼いころから幾度となく経験したこの感覚が随分久しく思えて、イサセリは小さく笑った。


 タケルやトメタマが隣で寝起きする気配が、遠くから波のように押し寄せてきた。


 時折、額に冷たい何かが乗せられ、水や薄い粥が口元を伝う感覚だけが、かろうじてうつつとのつながりを示していた。


 それでもイサセリは目を開けることができなかった。


 まるで糸で縫い付けられたかのように、瞼は頑なに閉ざされていた。


 何度も繰り返し夢を見た。


 場所は決まってサヌキ。


 旅で経験したことを熱心に語れば、モモソヒメとネホコは笑顔で頷き、時に感嘆の声を上げた。


 まるで本当に起きていることのように鮮やかな光景。


 だが必ず、最後には残酷な言葉が投げつけられた。


「おまえは旅に出たことはないだろう」


 その一言を聞くと、旅で出会った仲間たちの姿がぼんやりと薄れていく。


 ワカタケの表情も、かつてのように冷ややかに歪んでいた。


 サヌキの家に独り取り残されたイサセリは、妻の忘れ形見を撫でつづけた。


 涙が頬を伝い、夢とうつつの境目が消えていく。


 そしてまた、同じ夢が始まるのだった。

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