表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】地つなぐ者  作者: 駿河晴星
第七章 キビ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/41

第七章 キビ(一)

 洞穴の中で、イサセリたちは何度目かの日の出を迎えていた。


 外界との唯一の繋がりは、朝な夕なに兵士たちが運んでくる粗末な食事だった。


 首長が不在のキビでは、捕らえた彼らの処遇を決めかねているようだった。


「ツァーマはうまく逃げたはずだ」


 とタケルは言う。


 イヌカイ族はツァーマの帰還で事態を察し、助けに来てくれるだろうと。


 だが、イサセリたちと時を同じくして、一族もツル山を離れた。


 彼らが向かった場所次第では、救援はまだまだ先になりそうだった。


 しとしとと春雨が降り続き、洞穴の入り口には水溜まりが広がっている。


 イサセリたち四人は、奥の壁に身を寄せ合うようにして横になった。


 濡れた天井が朝もやに照らされ輝くのを眺めながら、タケルはぽつりと声を漏らした。


「今朝の当番、誰だと思う?」


 イサセリは隣のタケルを見やった。


 無精髭が伸びた顔は彼の父親にそっくりだった。


「いつも通りなら、あの人たちじゃない?」


 トメタマが答え、タケルは満足げに頷いた。


 見張りは一日四交代で、二人一組の当番が十組ほどいた。


 その中で最も気がいい人が、最初に見張りを担当した壮年の兵士だった。


 イサセリたちは彼の当番を心待ちにしていた。


 タケルの腹がぐぅと鳴る。


 それに応えるように、木々の奥から兵士たちの話し声が聞こえてきた。


「タケルの腹時計は狂いがないですね」


 ウメのかすかな笑みに、ゆっくりと体を起こしたタケルは得意げに鼻を鳴らした。


 少しして、予想通りの二人組が姿を見せた。


 壮年の兵士は麻の背負い袋と小さな土器を、若い兵士は水瓶を持って近づいてきた。


 交代した兵士たちは挨拶を交わして去っていく。


 荷物を置くと、壮年の兵士は「よっ」とイサセリたちに向かって手をかざした。


「飯と清めと、どっちからにする?」


「飯!」


 タケルが即座に返事をした。


 この壮年の兵士は食事以外のことまで気にかけてくれた。


 体を拭くための濡れ布は欠かさず持ってきてくれるし、以前、用を足す場所の臭いが気になると言えば、穴を掘る木の棒や消臭目的の杉の葉、そして尻を拭う木片まで用意してくれた。


 食事用の木の器と木匙も、この兵士だけが洗い替えを持ってくる。


 食べ残しが乾き固まった器を格子の隙間から差し出すと、温かいきび粥の入った器と取り替えてくれた。


 腹を空かせた一同は、薄い黍粥を掻き込むように啜った。


 味はほとんどないが、ここに閉じ込められる前、食事抜きで歩かされた日のことを思えば、これもご馳走だった。


 体を拭いながら、イサセリは尋ねた。


「キビの首長はまだ戻っていないのか?」


 壮年の兵士は頷いた。


「予定ではそろそろなんだがな」


「ウメだけでも里へ移してもらえないか。彼女があなたたちを害することはないはずだ」


「イサセリヒコ様、私は大丈夫です」


 ウメはそう言うものの、黍粥は半分も進んでいなかった。


 一番、心が塞いでいるようだった。


 雨で冷えているうえ、男たちに囲まれ、すべてを見られる環境に気を病んでいるのだろう。


「まあな、俺も気になってたんだ」


 壮年の兵士は、自分の娘を見るような優しい目でウメを見つめた。


「よし、兵士長に相談してみよう」


「恩に着る」


「いや、その代わりだ。もしウラ様が戻ってきて、あんたらが解放されることになったら……」


 壮年の兵士は言いかけて、若い兵士の肩を掴んだ。


「俺とこいつだけは庇ってくれよ」


 その言葉からイサセリは察した。


 キビの首長とイサセリたちを捕らえた里長の間には、何か確執があるに違いない。





 雨は昼過ぎに上がった。


 その夜の当番は、壮年の兵士とは正反対の最も始末の悪い二人組だった。


 退屈すると石を投げたり、洞穴に剣を差し込んだりする連中だ。


 奥の壁にぴったりと背を付ければ剣は届かないが、彼らの夜勤の日は満足に眠れない。


 穏やかだった朝が恋しい。


 イサセリは深いため息をついた。


 出っ歯の兵士が、交代して帰ろうとしていた兵士たちを木陰に呼び寄せた。


 言葉は聞こえなかったが、何か話し合っているようだった。


 程なくして三人は戻ってきた。


 焚き火に照らされた顔には、見るに堪えない下卑た笑みが浮かんでいた。


 出っ歯の兵士が、歯をさらに剥き出して言った。


「おい、女。里へ移りたいんだってな。案内してやるぜ」


 その言葉に偽りがあるのは明らかだった。


 四人の目は、冬眠明けの獣のように荒々しく光っていた。


 イサセリたち三人は、咄嗟にウメを後ろに庇った。


「あなたたちには頼んでいない」


 睨みを利かせながら、イサセリは自分の軽率さを悔いた。


 女の身で一人となれば、また別の危険が待ち受けているのに。


 里にいる者がみな、あの壮年の兵士のような善人とは限らないのだ。


「うっせえな。黙って来りゃいいんだよ!」


 出っ歯の男が格子を蹴りつけ、剣を突き刺してきた。


 一人が矢をつがえ、残りの二人が丸太の縄を解きにかかった。


 奴ら、本当にウメを連れ出すつもりらしい。


 どうする?


 イサセリは黙ったまま、仲間と目配せを交わした。


 タケルもトメタマも眉根を寄せていた。


 丸太が外されても、今のままでは勝ち目などないことは明らかだった。


 向こうには武器があり、戦いに慣れた兵士たちだ。


 こちらは素手で、戦いの経験も浅く、囚われの日々で体力が落ちていた。


 無闇に突っ込んでも、斬られるだけだろう。


 だが、ウメを渡すわけにはいかない。


 兵士たちの卑俗な目つきが、彼らのもくろみを物語っていた。


 焚き火の爆ぜる音が妙に耳に付いた。


 出っ歯の男の青銅剣が不吉な赤みを帯びて光った。


「ウメを里に、という願いは取り下げさせてもらおう」


 イサセリの言葉を、出っ歯の兵士は鼻で笑った。


「へっ、長が待ってんだ。今更聞けねえな」


 兵士長まで仲間なのか。


 いや――こいつらこそが兵士長の手先なのか。


 丸太を縛る縄は、あと二本。


「私が代わりに行こう」


 イサセリは覚悟を決めて、一歩を踏み出す。


 奥歯を噛み締めた。

 そうしなければ顎が震えそうだった。


「何言ってんだ、イサセリ!」


 タケルとトメタマに腕を、ウメに上衣を掴まれた。


 三人の顔を順に見つめたイサセリは


「大丈夫だ」


 と目で伝えて、彼らの手を振り解いた。


 矢の鋭い先が、イサセリの頭に向けられた。


「おめえが女の代わりだぁ? どう楽しませてくれるんだ?」


 からかうような余裕のある笑い声が上がった。


 イサセリは挑むように口元を歪めた。


「私がヤマトの王子みこと言えばどうだ?」


「あ?」


「キビはヤマトの軍と戦い続けてきたのだろう? 仲間はどれだけやられた? 家族は無事か?」


 言葉を選びながら、イサセリの胸は高鳴っていた。


 かつてのワカタケを真似てみるも、相手の琴線に触れているのかどうかも分からなかった。


 だが、その不安とは裏腹に、兵士たちの顔は怒りに歪んでいく。


「女を奪われたことは?」


 その一言に、弓の兵士が反応した。


 叫び声と共に放たれた矢は、震える手のせいか、イサセリの頬を掠めた後、壁に当たって落ちた。


「あほう!」


 出っ歯の兵士が、弓の兵士の胸ぐらを掴んだ。


「なに本気で射ってやがる!」


「だって、あいつが!」


「だってじゃねえ!」


 出っ歯の兵士は弓を奪うと、仲間の顔面を殴りつけた。


「武器を奴らに渡しちまうつもりか!」


 タケルは素早く矢を拾い上げた。


 石鏃せきぞくは無傷だった。


 二人の争いに気を取られ、縄をほどいていた兵士の手が止まっていた。


 その隙を突いて、イサセリとトメタマは彼らの腰の剣に手をかけ、一気に引き抜いた。


「あっ!」


 彼らが気づいた時には、剣の切っ先はすでに格子を通り抜けていた。


「返せ、返せ!」


 丸腰になった兵士たちが格子に縋りついた。


 その揺れに合わせ、丸太も軋みをあげる。


「やめろ、おめえら!」


 出っ歯の兵士が制止をかけるが無駄だった。


 興奮した兵士たちは我を失っていた。


 ゆらり、と丸太が傾いた。

 残る縄二本では支えきれなかった。


 兵士たちの手が伸びるが届かない。


 イサセリたちの方に倒れてきた丸太は、奥の壁に激突し地面に転がった。


 水が跳ねた。


 場は沈黙した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

お読みいただきありがとうございます!


「おもしろかった」「続きが気になる!」
と思ってくださった方は、
ブックマーク登録★★★★★
リアクション感想レビュー
などで応援していただけると嬉しいです!


評価していただけるとポイントが入り、
執筆の励みになりますので、
ぜひよろしくお願いいたします!

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ