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【完結】地つなぐ者  作者: 駿河晴星
第五章 トトリ

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第五章 トトリ(三)

 ウメが里へ向かったのは、月無しの夜の前々日。


 闇夜にまぎれて盗みを働く山賊に、月明かりのない最適な舞台を用意したのである。


 月無しの夜。


 予想どおり、山賊たちは闇に紛れて動き出した。


 イサセリは里が一望できる山際に身を潜め、いつでも駆けつけられる態勢を整えていた。


 隣ではワカタケとタケルが鞘の剣に手をかけ、息を殺している。


 山中の至るところにイヌカイ族が散らばり、里を蜘蛛ささがにの巣のように包囲した。


 獲物が罠にかかるのを、一同は木々の影から見つめていた。


 突如、里から少女の悲鳴が上がった。


 ウメである。


 ワカタケが上体を前に倒す。


「まだだ」


 イサセリはワカタケの右腕を掴んだ。


 自身も今すぐ駆け寄りたかったが、ぐっと堪える。


 今の悲鳴は計画通り。


 里人に知らせるため、わざと大きな声をあげた。


 わかっていても、鼓動が速くなった。


 暗闇の中、かすかな物音が聞こえた。


 イサセリは息を潜め、目を凝らす。


 すると、里の篝火にうっすらと照らされ、とある家から山賊が出てきた。


 肩にウメを担いでいる。


 ウメはぐったりしているように見えた。


 演技……だよな?


 いつの間にか、ワカタケが走り出していた。


「あいつ、ばかっ」


 タケルは舌打ちをして、すぐさま後を追った。


 相棒の犬も続く。


「盗賊だ!」


 里から男の声が上がる。


 トメタマである。


 次々と里人が家から顔を覗かせる。


 警備の者が声の方へ集まっていく。


 イサセリも走り出す。


 四方八方から、相棒の犬を連れたイヌカイ族の人々が飛び出していくのが見えた。





 里に侵入した山賊はみな捕らえられた。


 山賊たちの怒号と、イヌカイ族の犬たちの鳴き声が夜の闇に響き渡る。


 イサセリは息を整えながら、周囲を警戒した。


 まだ油断はできないが、今日里に来なかった奴らも、きっと嗅覚に優れた犬たちが見つけ出してくれるだろう。


 ウメは無事だった。


 ただ叩かれたのか、左頬が腫れ、口の端を切っていた。


 夜の大捕物に、里人たちは戸惑いの声を上げていた。


 広場に集まって、遠巻きにイサセリたちやイヌカイ族を見ている。


「いったい何事だ」


 大きな翡翠の勾玉が三つもついた首飾りの男が現れると、里人たちは道を開けた。


 男の黒々とした髭は、きれいに整えられている。


 身分が高い者であることが推測できた。


 きっと里の長だろう。


「お前たち、サンカか。勝手に里に入りおって!」


 怒鳴る里長とイヌカイ族の間に、イサセリは体を滑り込ませた。


 胸の鼓動が早くなるのを感じながら、イサセリは緊張を顔に出さぬよう努めた。


 ここが勝負どころだ。


「里長とお見受けいたします」


 イサセリは胸の前に置いた右の拳を左手で包み込み、頭を下げた。


 突然、高貴な者だけが知っている正式な挨拶をされた里長は、呆気にとられていた。


 それから、はっと意識を取り戻したように、慌てて礼を返す。


「あなたが、護衛の方ですか」


 里長はウメに視線をやった。


「そのようなものです」


「この状況について、何かご存知なのでしょうか」


「はい。私たちはイヌカイ族の方々に助けていただいたのです。山賊が姫を狙っていることを知り、手を貸していただきました」


「はあ……しかし、イヌカイ族は山賊の仲間なのでは」


「とんでもない! イヌカイ族の方々と山賊はまったく異なる集団です。共通点は、ただ山に住んでいることだけ」


 イサセリに強く睨まれ、里長は一瞬怯んだが、すぐに反論をしてきた。


「ですが、彼らは私たちの食料である犬を盗んでいきました。追った里人にも怪我を負わせました」


「あなた方が飼っているししを盗まれたら、どうしますか」


「それは取り返そうとするでしょうが……しかし、執拗に追いかけたりはしません。ある程度のところであきらめます」


「家族の場合は?」


「え」


「両親や伴侶や子どもが奪われても、あきらめるのですか」


 問われた里長は、訳がわからないという顔をした。


「イヌカイ族の方々にとって、犬は家族です。大切な相棒です。そのことを理解していただきたい」


 タマルがイサセリの横に立った。


 熊のような体躯の男を前にして、里長は肩を大きく震わせる。


「彼はタマル。けっして言葉が通じぬ野蛮人ではありません。どうか双方の納得がいく話し合いをなさってください」


 イサセリは自分の言葉が里長に届いたか確信が持てなかった。


 しかし、少なくとも対話の糸口は作れたはずだ。


 イサセリはその場を離れ、ウメの元へ向かった。


 ウメは里人が作業の時に使う丸太の上に腰かけていた。


 隣にはワカタケが座り、少し離れたところにトメタマが立っている。


「大丈夫か」


 イサセリはウメの前にしゃがんで、顔を覗き込んだ。


「ち、近いですよ!」


 ウメは両手で口元を隠す。


「問題ありません。わずかに切っただけですから、舐めていたら治ります」


「何もできず、すまない」


「そんなことありません。先ほどの里長への対応、ご立派でした」


 イサセリは苦笑する。


「役が決まっていたからな」


「それでも、あなたの中に元々あった言葉だから、言霊が宿ったのです。きっと、この交渉はうまくいくでしょう」


「そうだといいな」


 謙遜しながらも、イサセリは達成感と解放感に満たされていた。


 だから気づかなかった。


 ワカタケが苦悶の色を浮かべていたことに。

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