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【完結】地つなぐ者  作者: 駿河晴星
第五章 トトリ

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第五章 トトリ(二)

 イサセリはその後、イヌカイ族と平地の里人の和解計画についてもトメタマに話した。


 興味深そうに聞いていたトメタマは、これまた


「後日礼を用意するならば」


 という条件付きで協力してくれることになった。


 トメタマは早速いい案があると言い、持参していた竹籠を漁り出した。


「このあたりに……」


 彼と一緒に落とし穴に落ちていた竹籠である。


 丈夫な背負い紐がついた籠の横幅は、トメタマの背中の幅の倍近かった。


 背負うと尻まですっぽり覆い隠し、荷がひとりでに移動しているように見える。


 それだけ大きいのだからもちろん重たい。


 落とし穴の詫びに、イサセリとタケル二人で穴から引き上げたのだが、あやうく腰を痛めるところであった。


 この籠を背負って山道をすいすいと歩くトメタマはただものではない。


 籠の中には、衣装や反物、装飾品や加工前の石、薬や乾物など、さまざまなものが雑多に入っていた。


 その中からトメタマは、衣装や装飾品を選んでいた。


「少し大きいかもしれないけど」


 トメタマは、白色の上衣と新緑色の裳、紫色の領布ひれをウメに差し出した。


 すべて絹製である。


 ウメは紫色の領布を手に取り、目を見開いた。


「まさか……貝紫かいむらさきですか?」


「よく知ってるね」


「貝紫?」


 イサセリが問うと、ウメが説明してくれた。


「アカニシという貝を使って染色した特別な色です。これだけの布を染めるには、貝が何千個も必要でしょう。本来、大王おおきみほどの階級の方にしか持ちえない品です」


「各地で商売をしているからね。いろんな伝手があるんだ」


「ツクシの姫巫女ひめみこですか」


 ウメの問いに、トメタマは答えなかった。


「私にはよくわからないが、とてつもなく貴重な品ということだな。それをウメに与えてどうするのだ」


「囮になってもらう」


 トメタマの言葉に、イサセリの声は裏返った。


「そ、そんなことさせられない!」


「最後まで聞いて」


 興奮するイサセリに対し、トメタマはどこまでも冷静だった。


「ウメさんには、それを着て里の方へ行ってもらう。旅の途中で護衛とはぐれてしまった。護衛と合流したら必ず礼をするから、それまで滞在させてほしいと頼むんだ。


 そしたらきっと、山賊はウメさんを攫いにくる」


「どうして里にいるウメを攫うんだ?」


「山賊はタケルたちほど狩りがうまくないから、冬場はいつも飢えているんだ。


 高貴な姫がいて、彼女のためになんでも差し出しそうな護衛の存在を匂わせたら、きっと奪いにくる」


「そうかもしれないけど、ウメや護衛の存在をどうやって山賊に伝える? 奴らは常に里の近くにいるわけではないだろう」


「大丈夫。里には山賊の手引き役がいるからね」


「なんだと!」


 タケルが驚きの声をあげる。


「やつら仲間だったのか!」


「全員じゃない。一部の欲深い人間だけだ」


 トメタマの細い目が冷たく光る。


「あの里は、夜間も警備の者が倉庫の前に立っているんだ」


「確かに、夜でも火が灯っているな」


 イサセリは夜中に川屋かわやへ行った時、麓で揺らめく火を見ていた。


「それでも食料を盗まれたってことは、誰かが手引きしたとしか考えられないでしょ」


「なるほど……」


 イサセリとタケルは顔を見合わせ、言葉を失っていた。


 トメタマの推理は腑に落ちた。


 しかしイサセリは、トメタマの提案に可能性を感じながらも、どこか不安に思っていた。


 このような策で本当にうまくいくのだろうか。


「やはり、あまりにもウメが危険ではないだろうか」


 イサセリの言葉に、タケルも


「そうだよな……」


 と眉をひそめる。


 しかし、当のウメは意外にも積極的だった。


「私、やります!」


 ウメは力強く言い放つ。


 トメタマとの話に夢中で、イサセリはウメの顔をその時まで見ていなかった。


 今は落ち着いているように見えるが、計画を耳にした瞬間、彼女はどんな表情をしていたのだろう。


 不安を感じていないはずがないのに。


 イサセリは、ウメを諭すように言った。


「山賊相手だぞ。集団から逸脱した荒くれ者ばかりだ。場合によっては、命の危険もあるかもしれない」


 わざと脅すようなことを伝えたが、ウメの決意は変わらない。


「安心してください。私、武芸に秀でてはおりませんが、舞のおかげか、逃げるのは得意なのです。


 生家からマイコの里へ向かった時も何度か追われましたが、すべて逃げ切りました」


 ウメは自信満々に胸を張る。


「そんな話、聞いていないぞ」


 イサセリは眉をひそめた。


「あ……と、とにかく、私は大丈夫です。それより、護衛役のみなさん。しっかり姫を守ってくださいね」


 ウメは衣装を胸に抱いて、にっこりと笑った。


 イサセリはウメの決意に満ちた表情に下唇を噛んだ。


 このまま頼ってもいいのだろうか。


 彼女の勇気に甘えるべきか、それとも危険を避けるべきか。


 心の中で葛藤が続いていたが、結局、トメタマの計画に乗ることにした。


 船上ぶりの対人戦だ。


 イサセリは高鳴る鼓動を鎮めようと胸に手を当てた。


 前回の戦いでは、人を殺すことを恐れて海人もどきに矢を放てなかった。


 代わりにワカタケの手を汚させてしまったこと、自分の決断の遅さが兵たちの命を奪ったこと――イサセリの後悔は、今なお心の奥底でうごめいている。


 今度こそ。


 イサセリは息を深く吸い込んだ。

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