59 ベンジャミン(エド王子視点)
風子が記憶を取り戻してしまった。
俺がそばにいてやりたかったが、あの夜のあいつの様子からすると、
近くにいない方がいいのだろう。
そう思って、仕方なく距離を置いて見守ることにした。
あの時の風子は、ヒナタの手を振り払い、
俺のことを見た途端に混乱したように泣きながら気を失った。
そのことが少なからずショックだった。
彼女はコリンの姿であり、
面倒を見る都合上などから、王都の伯爵邸に滞在させるらしい。
彼女が落ち着いたら知らせるようにとクロウに言い含め、
しばらく訪ねることは控えることにした。
その間も彼女の様子が気になって仕方なかった。
2日後、彼女が目を覚ましたと聞いて、馬車で伯爵邸を訪ねる。
屋敷の前で思わぬ人物に妨害された。
ベンジャミン・デイビス。
クロウの弟だ。
「エド様、ようこそいらっしゃいました」
馬車の窓から見ると、表情はにこやかではあるが、
別の意味で殺気を帯びたような気配で、
飛びかからんばかりの勢いで待ち構えている。
俺はげんなりした。
こういうタイプは苦手だ。
何よりも、まず男だ。
いくら美形でも、男は男だ。
男に追いかけ回されることなんて今まであったか?
せめて女だったら良かったんだが…。
そういえば、風子に会ってからはそういう気持ちは消えていた。
前まで女に追いかけられるのは歓迎だったのに。
何がきっかけだったのか……
「エド様〜〜!」
ベンジャミンが外で騒いでいる。
「ええい、うるさい!」
俺は御者に、王城に戻るよう指示を出した。
走り出す直前、ベンジャミンに向かって眠りの魔法を放った。
馬車が走り出してから様子を観察する。
遠く離れて行くまでずっと、ベンジャミンはぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
「やはり効かないか」
男である上に、俺を追いかけてくる。
そして、催眠の魔法が効かない。
その後も数回試したが、眠らせることも記憶を消すこともできない。
妙なやつに目をつけられてしまった。
俺は追われるよりも追いかける方が好きだ。
性別は女に限る。
風子は男だが、彼女はもちろん例外だ。
風子が目を覚まして3日後。
俺は風子に念話をかけてみようと思いついた。
念話なら、あのオカマ野郎に邪魔されることもないだろう。
そして念話をかけてみたが、繋がらなかった。
長年の感覚で、番号が消されるとか、拒否されている感じとは違う感じがした。
また馬車で伯爵邸の近くに出向いてから念話をかけてみる。
繋がらない。
そこで、徒歩でもう少し屋敷に近づいて、周辺の気配を探索してみる。
どうやらコリンの部屋の周りだけ、念話が通じない術がかけられているようだ。
あいつの仕業なんだろう。ベンジャミンの。
腹立たしい。
記憶を戻される直前の風子の様子を思い出す。
ベンジャミンのことをうっとりした顔で見つめていなかったか?
…そうだ、なんで今まで忘れていたんだ。
いかにも風子が気に入りそうな風貌じゃないか?
性格はどうかと思うが。
だんだんと腹が立ってきてしまった。
俺と風子の邪魔をした上に、あいつの心まで奪うとは。許せんな。
考え事をしながら、伯爵邸の周囲を歩いていると、
また、ベンジャミンが現れた。
「エド様〜!会いに来てくださったのですね!」
「違う!俺は風子の様子が心配で来ただけだ!」
「風子の…?…ああ、まだ本調子じゃないですよ。
そんなことより〜、私と一緒に出かけませんか?」
「やめろ!くっつくな!」
男なだけにやたら力が強く引き剥がせない。
「何が目的だ?」
「目的?」
ベンジャミンはキョトンとする。
「俺に近づく目的は何だ?」
「え〜っ。それを直接言わせるなんて。
好きだからに決まってるじゃな〜い」
「男が好き…という解釈で合ってるか?
俺は女の方が好きだ」
「でも風子は男でしょ」
「お前も知ってるだろうが、あいつの心は女だ」
「でも肉体は男でしょ。私と同じよ」
「お前、男が好きなのか?」
「男が好きじゃいけない?」
「……」
肝心な事が聞けない。
スルスルと躱される。論点をずらしてくる。
苦手なタイプだ。
男だし。
自分のペースに持ち込めない。
ああ、だからか。
だから俺は風子みたいなタイプが…
「エド様〜、私と出かけましょうか」
「うるさい!」
肝心な事を喋らず、考える隙も与えず煙に巻く。
厄介な相手だ。
その後、やっとの思いで引き剥がして帰った。
だが、俺とベンジャミンのやりとりは、
伯爵邸に来るたび繰り返されたのだった。
この件を風子は知らない。




