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白昼夢の幻想

『……手を貸してあげるって……』


【君を捨てた母親が憎くないかい? 君を一族の為の、道具のように扱う父親が憎くないかい? 可哀想な、可愛い、カーミラ。僕が、その君の憂いを晴らす手伝いをしてあげるよ】


『憂いを晴らす?……』


【決まっているだろう? ……殺すんだよ。君のことを蔑ろにして来た、憎い、憎い両親をね】


『そんなこと……そんなことできる筈がないでしょう!!』


 例え、酷い仕打ちをされているとしても、親は親だ。

 殺すだなんて、そんな恐ろしいことなぞ出来る筈がない。


【そうかい? カーミラ。君がそう言うならば、僕は別に構わないけどね。……だけど、もし君の気が変わったら言っておくれ。君が僕の言うやり方の通りに、両親を……いや、別に両親じゃなくてもいいよ。誰かを殺してその魂を僕に捧げてくれるのなら、僕は君にプレゼントをあげられるから】


『……プレゼント?』


 聞き慣れた甘い魅惑的な声で、悪魔は囁く。


【五つの不幸……五つの違った形の不幸を経た魂を僕に捧げてくれたなら、僕は君の願いを、なあんでも叶えてあげる。恋でも、お金でも、名誉でも、力でも、君が望むものを何でもね。……例え世界が欲しいと言ったとしても、僕なら叶えられるよ。どんな願いでも聞いてあげるよ。カーミラ、君の為ならば】


 どんな願いでも、叶えられる。

 ……母親からは化け物と蔑まれ、父親からは一族の為に犯罪を強要される、この最低な日々から抜け出せる。

 誰からも愛されるような、特別な人間にもなれる。


 思わずこくりと唾を飲み込んでから、私はハッと我に返った。

 ……何ていうことを考えていたんだ、私は。


『……例えどんな願いでも叶えられるにしても、他人の不幸を……その命をも犠牲にしてまで、貴方のなんて契約は結びたくない』


【本気で言っているのかい? カーミラ。僕は両親じゃなくても良いって言っているのに。血の繋がりもない、赤の他人がどうなろうとどうでもいいじゃないか】


 私は姿の見えない悪魔の代わりに宙を睨みつけながら、叫んだ。


『どこかへ行ってよ、悪魔!!……悪魔と契約を結ぶことは、こうして話をしていること以上に重罪よ!! ましてや人殺しだなんて!! 私は絶対に自分から、そんな罪を犯したりなんかしないんだから!!!!』


【……まあ、じゃあ今日の所は引いておいてあげるよ。……いつか君が、殺したい相手が出来るまでは】


『殺したい相手なんて、できない!! 私は絶対に、貴方の誘惑に屈したりしないんだからっ』




 それから、悪魔はことあるごとに私を誘惑してきたけれど、私はけして首を縦に振ることはなかった。

 父親から強制されて、いつか悪魔と契約を結ばされる未来は訪れるかもしれない。……だけど、それはけして私が望んだものであってはいけない。


 母親は私を魔を宿す不吉な存在だと、拒絶した。

 父親は私に、法を犯すような行為を強いた。

 だけど、それでも私は自分の本質は善良であるということを信じたかった。


 私は、被害者。

 悪魔の声を聞くことが出来る呪いを背負って生まれ、両親に虐げられて育った、可哀想な善良な娘。

 だけど、善良であり続ければ、きっといつか呪いは解ける。

 ……王子様が、私を呪いから助け出してくれるんだ。


 その頃私は、辛い現実から逃れるべく、読書に耽るようになっていた。

 特に好んだのは、魔女や悪魔から呪いを受けた可哀想な少女が、王子様によって救われて、幸せになるお伽噺。

 闇に堕ちた少女を救い上げて、優しくその腕に抱く、美しい王子様の挿絵に胸をときめかせ、幾度もその絵を指でなぞった。

 現実は、お伽噺ほど優しくはない。

 だけど、いつか私にも王子様が来てくれるかもしれない。悪魔の声が聞こえる呪いを解いて、この家から連れ出してくれる日が来るかもしれない。

 そんな夢想をすることが、辛い日々を生きる私の慰めになっていた。




『本当はお前の特別な力を、家でもっと教育して強化させたいところだが……イーリス家は、娘を学校にも行かせないと、変な噂が立っても困る。……カーミラ。学校でも鍛錬を忘れず、毎日の「神様」へのお祈りを忘れないようにな』


 十三歳で学園に進学して、私はようやく父親から離れることができた。

 たった、四年間の自由。

 それでも、その時間が私が何より待ち望んでいたものだった。


 四年間あれば、この紫水晶の瞳の呪いから逃れる術も見つかるかもしれない。

 あの、忌々しい家を出る術も見つかるかもしれない。

 私にとって幸運なことに、紫水晶の瞳に関する話は、ほとんどの貴族にとっては一部の地域に伝わる迷信だと思われていた為、私が差別を受けることもなかった。

 寧ろ、珍しい神秘的な色だと褒め称える生徒もいたくらいだ。

 ……いっそのこと、この紫の瞳を利用して有望な男子生徒を誘惑し、嫁に出る形であの家から逃れるのも、悪くないのかもしれない。幸い、顔立ちはそれなりに整っている方だ。

 四年間頑張れば、誰か一人くらい掴まれられるかも……。


 そんなことを考えていた時、だった。


『きゃあ、レイ様よ!! レイ様、こっち向いて‼』


『ああ、なんて麗しいの!! まさに理想の王子様、そのものだわ!!』


 騒ぐ女生徒の声に釣られ、声の方向を向いて目を見開いた。

 息が止まるかと思った。

 視線の先には、私がずっと夢見ていた、あの挿絵の「王子様」が立っていた。

 私の理想をそのまま形にしたような人が、この世に実在しているだなんて。


 まるで白昼夢の幻想のように美しいその人に、私は一瞬にして心を奪われたのだった。


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