許せない人
守りたかった。
私が、マーリーンを守るのだと、そう思っていた。
それなのに……実際は私がマーリーンから、守られていたのだ。
自ら得体の知らない毒を煽ってまで、マーリーンは私を守ろうとしてくれていたのだ。
……苦しい。
胸が、いたい。
そんなこと、私は望んでいなかった。
私の為にマーリーンが、傷つくことなんて望んでいなかったのに……!!
『仕方なくなんてないわよ……何で、あんたはそうなの……。いつも、いつも。……私、言ったわよね? あんたに守られたくなんてないって……何で、聞いてくれないのよ!! 何で、約束を破ったりするの!!』
保健室で聞いたマーリーンの悲痛な叫び声が、耳に蘇る。
「――ああ、そうか。マーリーンも同じだったんだ……」
私が、マーリーンに傷ついて欲しくなかったように、マーリーンも私に傷ついて欲しくなかったんだ。
私がマーリーンを大切に思うように、マーリーンもまた私のことを大切に思っていてくれたから。
怒って、拒絶の言葉を吐いて遠ざけて……一人で呪いに立ち向かおうと、したんだ。
それこそが、カーミラの望む所だと分かっていながら。
「そんな簡単なことを教えてあげないとできないなんて、本当馬鹿な女……さっさと一人で不幸を背負って、周りを遠ざけていれば、レイ様が傷つくこともなかったのに。あんな愚かな女がずっとレイ様の隣を独占していただなんて……あまつさえ、こうしてレイ様に救いに来て貰えているだなんて許せない……下品な赤い髪と目を持って生まれた、要らない子の癖に……何で、あの女ばかり……」
顔を悪鬼のように歪めて、マーリーンを誹謗中傷するカーミラの姿に、胸の奥からどす黒い感情が湧き上がってくるのが分かった。
この子が、マーリーンを、傷つけた。
マーリーンを、殺そうと、した。
……せ、ない……。
「ふん――お前が、一方的で身勝手な理由から赤毛の女を嫌っていることは良く分かった。だが、残念だったな。カーミラ・イーリス。赤毛の女は、ここにはいない。治療を行う先生共々、別の場所に避難させたからな。お前がいくらあいつに憎悪を燃やしても、これ以上あいつを傷つけることは叶わないんだ」
吐き捨てるように告げられたアルファンスの言葉に、怒りと憎悪で沸騰しそうだった頭が、少し冷えた。
……そうだ。マーリーンは、ネルラ先生と共に、結界が張られた学園長室の中に避難させてある。
目くらまし用に作られた、効果が薄い簡易的な光魔法の結界の中には、丸められた布団以外には何もない。
どうやっても、カーミラがマーリーンの命を奪うことは出来ないのだ。そう思ったら、少し平静さを取り戻すことが出来た。
「……マーリーンの命を奪って魂を捧げない限り、君は悪魔と契約を結ぶことは出来ない。召喚された悪魔の力を借りることができないんだ。今の君は、学園の中で少し優秀な程度の、どこにでもいる生徒に過ぎない」
もし既に悪魔が召喚されている状態ならば。お父様達はけして、私やアルファンスがこの場にいることを許さなかっただろう。
悪魔の力は余りに未知数かつ強大で、一度召喚された悪魔を封じるのはあまりに危険な行為だからだ。
お父様達は恐らくはマーリーンの犠牲を前提としたうえで、悪魔の呪いがマーリーンにだけ集中しているうちに事態を収束しようと考えていたのだと、私とアルファンスは思っている。……恐らく、いくら問い詰めても、お父様達はけして本当のことを口にはしないだろうが。
だけど、契約がまだ成立していない状況ならば、話は変わってくる。
対峙すべき相手は、悪魔ではなく、唯人であるカーミラだ。
今の段階であれば、直接悪魔と闘う必要はなく、ただカーミラが現在隠し持っているであろう契約書を破棄させれば、事態は収束することができる。
「ここには私達生徒ではとても敵わない、魔法の専門家である先生達が何人も控えている。……カーミラ。君がいくら足掻こうと、無駄だよ。とても敵わない。大人しく捕縛されて、契約書を渡すんだ。幸い、今の時点ではまだ、取り返しがつかないような大きな被害は出ていない。そして、君はまだ未成年だ。君が自分のしたことの意味を理解して、素直に反省をすれば、王様も君に温情をかけてくれるだろう」
退学や、イーリス家の爵位返上は免れないだろうが、それでも今の段階では、カーミラは死刑になったり何年も牢の中で拘束されたりまではしない筈だ。
カーミラは、まだ若い。加えて、不幸な家族環境の中で育っていた。情状酌量の余地はある。
カーミラは、私の言葉に黙って俯いていた。
その体は小刻みに震えていた。
「……ふ……」
……泣いている、のか? ……いや、違う。
「……ふふふ……無駄? 本当に?」
カーミラは、笑っていた。
おかしくておかしくて堪らないかのようにお腹を抱えて、愉悦に紫の瞳を光らせながら。
「――それじゃあ、試してみましょう」
「……っ!?」
カーミラがそう口にした瞬間、カーミラの背後から膨れ上がった黒い靄が、一瞬にして保健室内に充満した。
視界が闇に包まれて、何も見えなくなる。
――そして、靄が晴れた時。
「……やっぱり、無駄なんかじゃないでしょう? レイ様」
床に倒れ臥すことなくその場に立っていたのは、カーミラを除いては、私とアルファンスだけだった。




