一本に繋がる
「……私はマーリーンを失いたくない……だからこそ、このままお父様達の到着をただ待つわけにはいかないんだ」
今の段階ではそれはあくまで悪い夢想に過ぎない。
だけどマーリーンの右手の逆五芒星が完成した今、夢想はいつ現実になっても不思議ではない。
明日までなんて、とても待っていられない。
だから、私が自分で動かなければいけないんだ。
「レイリア。お前の気持ちも理解できるが、具体的な考えはちゃんとあるのか?」
アルファンスは溜息を吐きながら、腕組みをした。
「学園側とフェルド家当主殿が最も恐れているのは、お前が介入することで被害が倍増することだ。こう言ってしまえばお前は気分を害するかもしれないが、どちらにとっても、赤毛の女よりもお前の方がより重要度が高いのは事実だ。同じ学園の生徒であっても、真実全ての生徒が平等というわけではない。ベルモッド家は名門であるが、それでも歴史も財産も到底フェルド家には敵わない。それに加え、赤毛の女は呪いを掛けられた当事者だ。呪いのせいで他の学園の生徒の身に危険が及ぶ可能性があれば、一番切り捨てなければならない存在は、赤毛の女なんだ」
アルファンスの言葉に、唇を噛んだ。
人の命は、必ずしも平等ではない。
その人物が持つ地位や立場、そして置かれた状況次第で、その価値は変わってくる。
一人にとって大事な失いたくない存在が、他者にとっても同様であるわけでもない。
多数の人間を救う為に、少数を切り捨て犠牲にしなければならない時だってあるのだ。
それが身を引き裂く程辛く苦しい選択だとしても。
「状況が状況だ。感情だけで動けることではない。……それでも、動くと言うなら、まずは俺を納得させるような考えを出してみろ。どうしたいのか、どうすべきなのか、根拠をつけて語って見ろ。話はそこからだ」
頭の中の思考を整理すべく、大きく深呼吸をして少しの間目を伏せた。
マーリーンを救いたい、このまま放っておけるはずがないという感情だけで湧き上がる言葉を呑みこんで、手に入れた情報をゆっくりと整理していく。
様々な可能性を、そしてそれを論じる為に必要な根拠を、頭の中で組み立てては崩していく。
消えた、謎の人物からの手紙。
その直後に現れた、逆五芒星の傷跡の最初の一本。
紫の手紙の送り手である、カーミラ・イーリスという少女。
マーリーンの身に起こった四つの不幸。
不幸が訪れる前に、増えていった傷跡。
カーミラの傍系の先祖に当たる紫水晶の瞳の男が起こした、悪魔召喚の事件。
様々な方法で心身ともに痛めつけられた末に、全身を焼かれて殺された生贄の少女。
少女と共に殺されていた、少女の愛犬。
水属性と地属性、二種類の適正
自ら毒を煽ったマーリーン。
そしてお父様が今回の事件に対して抱いた違和感。
『……お前が目的だと思っているものは、実際は目的ではなく、手段なのかもしれない』
お父様の、その言葉の、意味は。
――頭の中で、全てが一本の糸に繋がった。
「……考えは、あるよ」
ああ、そうか。
そういう、ことか。
「もし私の考えが正しいのならば、お父様達の到着なんて待っていられない。……いや待つべきではないんだ。他の生徒達の為にも」
深夜、保健室の中ではマーリーンを取り囲むようにして待機していた先生達が、まるで意識を失うように次々と眠りに落ちていっていた。
先生達の顔の辺りには黒い靄が纏わりついており、まだ意識が残っている先生は靄を振り払うべく必死にもがいていたが、やがてそのままゆっくりと動かなくなった。
物陰からその姿をそっと眺めていた少女は満足げに笑うと、倒れ込む先生達の間をぬうようにゆっくりと足を進めて、マーリーンが眠っているベッドへと近づいて行く。
「一つ目は愛犬。二つ目は領民。三つ目は大切な人。四つ目は自分自身の体。……そして、五つ目が魂」
歌うように呟きながらにたりと笑う少女の手に握られているのは、一振りのナイフ。
「ようやく、邪魔なこの女が消せる。邪魔な女を消して、私の願いを叶えることが出来る、……あなたが、あなたに相応しいままでいられる世界を、私が作ってあげます。この女だけじゃなく、貴方を傷つけるかもしれなかったザイードも、今日貴方の悪口を言っていたあの糞女も、あなたを自分の都合の良い偶像のようにしか扱っていない愚か者達も、全部全部私が消してあげます。この女の不幸と魂を引き換えに得られる、悪魔の力を使って……!!」
少女……カーミラは、恍惚とした表情でマーリーンが眠っているベッドに向かってナイフを振り上げた。
「お願いですから、どうか分かって下さい。大好きな、レイ様……全部全部、あなたの為なんです」
「――分からないし。分かりたくないな。そんな気持ちは」
【姿消しの首飾り】をかけて様子を伺っていた私は、そこでカーミラが振り上げていたナイフを奪い取った。
「大切な親友を犠牲に得た世界なんて、どんなに私に都合が良いものであってもごめんだよ。……そもそも、その都合の良さは、カーミラ。君の為のものであって、きっと私の為のものですらないだろうけどね」
そのまま床にナイフを滑らせると、カーミラによって眠らされたふりをしていた先生の一人がそっとナイフを回収してくれた。
何が起こったのか分からず困惑するカーミラを前に、私と、すぐ傍に控えていたアルファンスが首飾りを外して対峙する。
「カ―ミラ・イーリス。……マーリーン・ベルモッドを『生贄』にして、禁忌とされている悪魔召喚を行おうとした容疑で、お前を捕縛する」




