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守れ、なかった

 捨て駒……。


「ああ……だけど、直接の先祖という訳じゃないようだが、瞳の色は同じだな。魔を宿すと言われる、紫水晶の瞳か」


「魔を、宿す?」


「ああ。一部の地方で伝わる迷信だけどな。紫水晶の瞳を持って生まれた人間は、悪魔に魅入られやすいと言われている。一部の人間からは無意味に迫害を受ける一方で、悪魔を崇拝する人間からは特別な存在だと仰がれて、宗教的に担ぎ上げられたりもする。かつて他国に栄えた有名な悪魔教の教祖も、紫水晶の瞳を持っていたというしな。……この女も、紫水晶の瞳を持って生まれたせいで、色々と苦労していたようだな」


「アルファンス……ちょっと、そのリストを私にも見せてくれるかい?」


「ああ、ほら」


 アルファンスから渡されたリストには、写真もついていた。そこに映っているのは今よりかなり幼かったが、紛れもなく、私が知っているカーミラ・イーリスだった。

 写真の中のカーミラは、記憶にある微笑は浮かべてはおらず、虚ろな人形のような表情でこちらを見つめていた。


【カーミラ・イーリス(16)

 イーリス家直系の長子であり、一人娘。魔を宿すと言われる紫水晶の瞳を持って生まれたことで、母親から育児放棄を受ける一方で、当主である父親からは跡継ぎとして溺愛されて育てられる。両親は後に、カーミラに対する扱いがきっかけになり離縁した。

 成績優秀で普段は模範的な生徒だが、複雑な家庭環境で育ったせいか、時々情緒不安定になり常軌を逸脱した行動を見受ける時があると、担当教師から報告を受けている。誰に対してもそれなりに友好的に対応するが、親しい友人はおらず読書に耽る等していつも一人で行動している。

 属性は水と地。どちらも適正は高く、専用の魔具を使えばかなり高度な上級魔法も使いこなせる可能性がある。

 表立って騒ぎ立てはしないものの、レイリア・フェルドに心酔しており、彼女に対して批難じみた言葉を口にした生徒をヒステリックに責めたてた姿も目撃されている。】


「……紫の瞳を持って生まれたせいで、母親に疎まれたのか……」


 母親に疎まれた紫の瞳。――父親から不貞の証と思われた赤い瞳と、赤い髪。

 仲が悪い両親から生まれた、名家の一人娘。

 誰かと共にいるよりも、一人を望む姿勢。


 リストに纏められていたカーミラの情報は、皮肉なことに、どこかマーリーンと似ていた。


 大好きで大切な親友と、彼女を呪っている犯人かもしれない悍ましい少女が、似ているという事実に、動揺を隠せなかった。

 動揺する気持ちを抑え込みながら、改めてまたリストを読み返し、何か重要な手がかりが隠されていないか思考を巡らせる。


「……属性は、地と水の二種類か」


「お前みたいに三種類ならともかく、二種類ならそうそう珍しいものでもないだろう。しかも地と水は、比較的相性がいい属性だしな」


「いや……以前、地と水の属性について、少し考えたことがあった気がして……」


 私の属性にも、地と水はあるから、もう一つの風属性も含めて、普段から意識はしている。

 だけど、それとはまた別に、ごくごく最近、地属性と水属性の二種類だけにしぼって考えを巡らせたような気がするのだ。

 ザイードとの戦いの為に、自身の属性について見直したよりもずっと最近に。


「そうだ……あれは……」


【――風の子!!】


 浮かびかけた考えは、突如割り込んだ切迫した声によって吹き飛んだ。

 突然目の前に現れた、珍しく焦った表情のクオルドが、私の手を掴む。


【緊急事態だ!! 調査を中断して今すぐ保健室に戻れ!! 地の娘が――】




 降り注ぐ光に包まれながら、マーリーンは眠っていた。

 だが、その顔色はどこまでも青白く、唇は紫色に変色していた。

 白いベッドの上を血で濡らしたかのように、マーリーンの赤い髪が広がっている。


「何で……何でなんだ……マーリーン」


 アルファンスと共に、保健室に駆け付けた私は、そんなマーリーンの姿を目にした瞬間、床に崩れ落ちた。


「……何で、自分で毒を飲んだりなんかしたんだ……!! マーリーン!!」


 そのまま天井を仰いで泣き叫ぶ私の背中を、そっとネルラ先生が撫でる。


「落ち着いてレイリアちゃん……毒を飲んだといっても、致死量ではないわ……ちゃんとこのまま治療すれば、明日には目が醒めるわ」


「ですが!! ……ですが、ネルラ先生!!」


「あまり大きな声を出しちゃ駄目よ。レイリアちゃん。……まだ完全に体内に魔法が行き渡っていないから、今意識を取り戻したら内臓が内側から焼ける痛みに苦しむことになるわ。マーリーンちゃんのことを思うならば、静かにしてあげて」


 ネルラ先生の言葉に、込み上げる嗚咽を必死に抑え込んだ。

 けれども、どれほど抑えようとしても、涙は次から次へと溢れ出して止まらなかった。


 どうして。

 どうしてなんだ、マーリーン。

 何で、こんなことをしたんだ。

 守ると、そう決めていたのに。

 つい宣告、胸に誓ったばかりなのに。


 どうして……どうして君は今、こんな風にベッドの上で横たわっているんだ。

 どうして私は、君を守れなかったんだ……!!


【――すまない、風の子。完全に油断していた】


 クオルドが殊勝な表情で頭を下げる。


【外敵による攻撃ばかりを想定していて、自ら自身を害すことまでは考えておらなんだ……もし私がその可能性を想定していれば、防げたかも知れぬのに】


 クオルドを責める気には、ならなかった。

 自傷の可能性を想定していなかったのは、私も同じだ。

 マーリーンが、そんなことをするなんて全く考えていなかった。……いや、今でも信じられない。

 信じたく、ない。


「致死量ではないけれど、喉と内臓を焼いて、心肺機能を低下させるには十分過ぎる程の劇薬だったわ。……もし私のように光魔法の使い手がいなければ、マーリーンちゃんはもう二度と会話が出来なくなっていた可能性もあるくらいよ。そうでなくても、何かしらの後遺症は残ったでしょうね……。一体こんなもの、どこで手に入れたのかしら」


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