エルド・イーリスの事件
※一部残酷な表現が含まれています。
「……この本に、また別の悪魔の退治法が載っていたぞ。聖水で弱った所で、尖った杭で心臓を突き刺すんだと」
「……それって、悪魔というより、ヴァンパイアの退治の仕方じゃないのかい? 以前ヴィッカ先生が言っていたのだけど、時代によっては悪魔の定義が広義に解釈されていて、人間を害する魔物を総じて悪魔に分類されていたらしいよ。ヘルハウンドも含めて」
「前後の文を見る限り、確かに怪しいな……契約についての記載も曖昧だし。……と、なると有用である可能性が高いのは、やはり火か……」
「本当に火が悪魔に効くのならば、アルファンスの領分だから助かるんだけどな」
「そう簡単には行かないだろうがな……」
最も、火が有用であるという記述も、本当に現在の意味での悪魔に対してのものであるのかは怪しいのだけれど。……それでも、複数の文献に書かれているからには実際悪魔に効果的である可能性が高い。
火魔法は闇魔法に唯一対抗できる攻撃魔法であるし、火は穢れた物を浄化する効果もあるから、悪魔に対抗できそうといえばそうなんだけど。だからと言って、その情報をただ鵜呑みにするのも危険だ。万が一火が効果が無かった時に、どうしようもなくなってしまう。
「他には……神への信仰心が唯一悪魔を退けうるもの、か。もしこれが本当ならば、うちの国みたいに明確な神の概念がない国は困るな」
一神教を基盤とする他国と違って、我が国には国教というものは存在しない。
『己の目に映る信じたいものこそ信じるべき』
国の礎を築いた始祖のそんな考え方が、今もなお我が国には残っているのだ。
……というよりも、それぞれの地域による土着の信仰が強すぎて、統一出来なかったと言うべきだろうか。
地域ごとに、様々な精霊や召喚獣がいて、そこに居住する人々と密接に関わっている。齎される恩恵も、引き起こされる被害も、地域によっては全く違っているのだ。
信仰対象の頂点を王の属性に近い大精霊に絞るにしても、代によって属性は異なる場合もあるし、下手に一つに絞った結果精霊の怒りを買う可能性だって皆無とはいえない。
その結果今のような状況になったのだけど、そのせいで悪魔に対抗できないのだとしたら……う――ん。複雑だ。
「信仰心で悪魔を退けられるなら、世話ないと思うがな」
しかしアルファンスは、本に書かれていた記述を一笑して首を横に振った。
「他国が『神』と称する物は、概念上だけに存在する想像上の存在か、もしくは精霊の亜種だ。信仰心だけで、どうにかなるような特別なものじゃない」
「だけど、この本には……」
「この本に乗っている異国人は、神官だと書いてあるだろう。恐らく、この国の神は精霊の亜種のような存在で、契約によって力を分け与えられたんだ。その力の行使を『信仰心』と一まとめにしているだけで、結局の所精霊から力を分け与えてもらったのと本質的には変わらないのだろう」
そんなものなのだろうか。
あまりにもそれは、我が国中心に考え過ぎている気がしなくもない。
世界には、まだまだ知らない理や生き物が存在していて、未知と不思議に満ちている。
悪魔に対抗できる神様がいたっておかしくない気もする。
「まあ、あくまで仮定だけどな。何にせよ、宗教が違う以上どうあがいても使えない方法だ。深く考えないで、取りあえず捨てておけ」
「……それも、そうか」
「それより、レイリア。これを見ろ……リストに載っていた生徒の一人の先祖らしき人物の悪魔召喚の事例が出ているぞ」
アルファンスに促さられるままに、開かれたページに視線を落として息を飲んだ。
そこに書かれていた悪魔を召喚した人物の名前はエルド・イーリス。
……紫水晶の瞳の女生徒、カーミラ・イーリスの二代前の先祖だった。
【――王から派遣された捜査官が、エルドの屋敷を訪れた時、最初に視界に飛び込んだのは生贄に選ばれた哀れな少女の、変わり果てた無残な姿だった。
全身を火で焼かれて絶命していた少女は、皮膚や髪の毛が焼け焦げており、生前の愛らしかった面影はもはやどこにもなかった。
少女の傍らには、少女の血を染みこませた悪魔との契約書が無造作に投げ捨てられており、悪魔が契約に応じた証である逆五芒星が右下のあたりに浮かび上がっていた。即座に捜査官は契約書を破り捨てたが、既に契約が結ばれてしまったその時点では、最早その行動は無意味だった。
エルドは捜査官が訪れる半刻程前に逃走を果たしており、その後必死の捜索が行われたが、捕えることは出来なかった。
そしてその後、悪魔の齎した災厄が、10年近くにも渡って国を襲った。】
「……【なお、生贄の少女は、性的暴行を受けて後に、逃げられないように足を切断。その後致死量に至らない程度の毒で数時間苦しめられた末に、生きたまま焼き殺されていた。彼女が大切にいた愛犬もまた、この時、同時に犠牲になったという】……こんなえぐい部分を詳細に書くんじゃなく、その後の悪魔の被害だとか、どうやって収束させたかとかをもっと書いておけよ……」
げんなりとしたアルファンスの言葉に、口元に手を当て、込み上げるものを堪えていた私も頷いた。
あまりにも生贄にされた少女の死に方が悲惨過ぎる。
死ぬまでの間彼女がどれほど辛く苦しかっただろうかと思うと、胸が痛い。
……しかし同時に、生理的な嫌悪とは違った意味でも、胸の奥がざわついた。
何か、何かが引っかかる。
この事件の犯人が、カーミラの先祖だろうということも含めて、この文章にはマーリーンの事件を解決する為のヒントが含まれている気がして仕方ない。
「しかし、何でこんな事件を起こした奴の子孫が、爵位を剥奪されていないんだ? えーとイーリス家の生徒は……カーミラ・イーリス。この女か」
引っかかる原因を解明すべく、本を凝視する私の傍らで、アルファンスが学園長から預かっていたリストを開きだした。
「あー……先祖といっても、傍系で遠い親戚程度の繋がりなのか。イーリス家の規模を考えても、この程度の繋がりならば、連座の処罰も金で解決できる範疇だな。……恐らくは、最初からまずくなったら切り捨てる前提で、当主が命令したのだろうな。悪魔召喚の方法自体はあくまで一族内に留めたうえで、目的を果たす為に。……そう考えると、捨て駒にされたこのエルドという男も哀れだな。一切同情はしないが」




