偶像の愛で方
「――素晴らしい考えね、二人とも!! そうと決まれば、他のファンの娘達が来る前に急いで保健室に向かいましょう!! 早起きしたかいがあったわ!!」
……どうやら、匂い?のことはどうでもよくなったらしい。良かった。……もしこのまま辺りを探し出したら、って冷や冷やしていたんだ。
保健室に行っても私はいないけれど、その辺りはネルラ先生がうまく対応してくれるだろう。
去っていく背中を見ながら、ホッと安堵の溜め息を吐いた、その時だった。
「……それにしても、サラの趣味、わからないな。私は白薔薇の君ってなんか苦手だけどな」
そう口にしたのは、右側の黒髪の女の子だった。
「なんていうかさ……浅い感じしない? 言っていることとか、やっていることとか、何か薄っぺらくてさ。全部綺麗ごとって言ったら言い過ぎかもしれないけど。あの人見ていると、舞台のお芝居というか、子どものごっこ遊びを見せられている感じするの。……寒いんだよねー。見ていて」
「ちょっと、レベッカちゃん……その言い方はひどいですわ」
「何よ、ジェーン。貴方だって前、そう言っていたじゃない」
「私はそんなこと……ただ、私は無理に背伸びをしている姿が、何だか痛々しく見えると言っただけですわ」
「その方が余計、ひどいと思うけどな。私からすれば」
なかなか突き刺さる言葉だった。
だけどそんな二人の言葉にも、私のファンだというサラは特に気分を害する様子を見せることなく、ちっちっと舌打ちをしながら立てた指を横に振った。
「分かってないな~。二人とも。……あの作り物みたいな、薄っぺらい王子様を演じているからこそ、レイ様はいいじゃない」
二人の言葉をまるっきり肯定しながら、サラはころころと笑った。
「浅い、作り物でいいのよ。ううん。浅い作り物がいいの。だって、深い現実なんて、汚いだけだもの。そんなこと、貴族に生まれた私達は嫌という程知っているでしょう? だからこそ、束の間軽くて脆い美しい夢に溺れたくなるの。物語の中みたいな、幻想の中に浸りたくなるのよ。俗世の息抜きに」
「それじゃあ、別に舞台で芝居を見たって同じでしょう? 白薔薇の君にこだわらなくてもさ。私、素敵な役者さん知ってるよ。教えてあげようか」
「いやよ。舞台の役者なんて、いやしい身分の人間ばかりじゃない。動き一つにしたって、野良犬みたいで品がないわ。貴族や王族の役をしても、てんでなってやしない。大貴族の御令嬢として、家族に愛されながら大事に大事に守られて、極上の物に囲まれて育ったレイ様だからこそ、見ていて気持ち良いのよ。それこそ本物の王子様みたいで」
「でも白薔薇の君は女性ですわ。やっぱり、どうせなら殿方の方が良いと思いません? アルファンス王子は、性格はちょっと残念ですが、姿や動きはまさに王侯貴族という感じで見ていて胸がときめきますわ。ザイード様も、いわゆる王子様のイメージとは違いますけれど、男らしくて格好良くて素敵です。武道大会の決勝戦では予想外の事件こそありましたが、それでもあの二人が並んでいる姿が見られて眼福でしたわ」
「……ジェーンは大人しくて清純そうに見えて、実は結構美男子に弱いわよね」
「あら、いけません?」
「いや、悪くはないけど……意外だからさ」
「男は駄目よ。ジェーン。……だって、私達はみんな婚約者がいるでしょう? 本気で恋をして道を踏み外しそうになっても困るし、そうじゃなくてもきゃあきゃあ夢中になっている事実が何らかの形で婚約者側に伝わって、気分を害されても困るでしょう? 相手が同じくらいの身分の高さのジェーンはまだ良いかもしれないけど、私なんて格上の貴族の方だし。会ったことも一、ニ回で人となりも良く知らないから、どれくらい許容してくれるかも知らないし」
その点、白薔薇の君は安心なの、そう言ってサラは少し苦い笑みを浮かべた。
細められた目の奥は、笑っているのに冷め切っているように見えた。
「私は白薔薇の君に、何も求めないし、今以上に近づこうとも思わない。それでいいの。それがいいの。ただ、王子様のように振る舞っている姿を、ファンの立場できゃあきゃあ騒いで愛でているのが楽しいの。あの人はただ、笑って手を振ってくれるだけでいい。私の理想の王子様の姿を投影する媒体であってくれれば、それでいいわ」
「……何と言うか。歪んでいるという、ひねくれているというか。複雑なファン心理ね」
「……何か、今後のサラちゃんを見る目が変わりそうだから、聞かなかったことにしますわ」
「何よー、二人とも!! ただ見守っているだけで幸せっていう、乙女心じゃないの!!」
「いや、乙女心って……さっきあなた、きっぱり、白薔薇の君をただの媒体扱いしていたじゃないの。人格とか、完全に否定していたというか」
「健気に慕っているのだと思っていただけに、サラちゃんがそんな黒かったなんてショックですわ……」
「ひどいー!! 私黒くなんてないもん」
どこかふざけた調子で、顔を見あわせながら批難する友人達をぽかぽかと殴る真似をしながら、サラはそのまま友人達と連れ立って行ってしまった。
「――でもさ、そんなものでしょ。学園のアイドルなんて、結局の所」
私の止めを刺すような、そんな一言を残して。
「…………」
少しの間、三人の背中をぼんやり眺めていた私の手を、アルファンスが強く握った。
まるで「気にするな」とでもいう様な、アルファンスの行動に小さく苦笑が漏れる。
「……別に、気にしてないよ。それより早く、書庫に行こう」
万が一にも誰かの耳に入ったりしないよう小声で告げた言葉は、思いの他弱弱しくて、そのことがひどく歯がゆかった。
気にしていない。知っていた。
私の行動を、私自身を、あまり好ましくないと思っている人がいることなんて、知っていた。そんなことは当たり前のことだ。寧ろ、あの子達の言葉は、陰で言われている言葉の中ではまだ優しい方だ。
自分を慕ってくれる女の子達全員が、心の底から自分を「レイリア・フェルド」として好きでいてくれるだなんて思う程、自惚れてもいない。
しかもサラと呼ばれたあの女の子は、武闘大会の時くらいしか関わりがない子だ。そんな子が私の本質を追い求めてくれるだなんて思う方が間違っている。
分かっている。分かっているけど……それでも、少しだけ、苦い。
理解していても諦めていても。
絵本の王子様のように、誰からも尊敬され愛される存在になんて、けしてなれることはないのだと言う事実はどうしても私の心を掻き乱すのだった。
幸いなことに、それ以降階段で他の生徒とすれ違うことはなかった。
後ろから上ってくる生徒の気配こそあっても、私とアルファンスがいるところまで追いつくことはなく、5階に至るまでの間にフロアへと下りていった。
……この調子で行けば、案外あっさりと禁書庫に到着しそうだな。
だけど、禁書庫の近くには図書室もある。もしかしたら、朝から図書室を訪れている生徒もいるかもしれないから、最後まで気は抜けない。
気を引き締め直して、静かに廊下に足を進めたが、角を曲がった瞬間声をあげそうになった。
「……マっ………」
慌てて片手で口をふさぐと、アルファンスに乱暴に隅の方に引っ張られた。
「……誰か、来たのかしら」
怪訝そうに眉を顰めながら、赤い瞳をこちらに向けるのは、私が一番会いたかったけれど、今はまだきっと会ってはいけない人で。
――マーリーン。何で、君が今こんな所にいるんだ。
きょろきょろと辺りを見回すマーリーンの首の動きに合せて、長い赤い髪がたなびくのが見えた。




