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認めたくない羨望と、膨らむ妬心

 暫くしてから、アルファンスは公にしてはいないが、レイリアはあいつの婚約者だという話を噂で耳にした。

 婚約者の尻を追い掛け回して、公衆の場で突っ掛る卑小な男。

 そう思ったら、ますます俺の中のアルファンスの株は下がった。

 確かに婚約者が男装しているのは、恥ずかしいかもしれないが、だからと言ってあの態度はないだろう。どっちが恥かしいのだか。


 それきり、俺はアルファンスに対する興味を失った。取るに足らない、関心を抱くにあたらない男だとそう思ったからだ。そんな男に関心を抱いている時間が勿体無いと思ったからだ。

 時間は有限だ。俺はこの四年間で、家にいる間には得られなかった専門性が高い知識を吸収し、レパーディア家の当主としてより相応しい人間にならなければならない。今よりもっと特別な存在にならなければならない。一層、特別な存在になるべく自身を高めないといけないのだ。

 火の大精霊の愛し子だか、皇太子だか知らないが、あんな男相手にしている暇なんてない。


 そう思っていた。――剣の合同授業で、アルファンスに対峙するまでは。




『――なんだ。体格だけは立派だが、見かけ倒しだな。つまらん』


 手に持った模擬刀ごと、地面に倒れ臥した俺を醒めた目で見下ろしながら、アルファンスは言い放った。


『これじゃあ、レイリアとの勝負の準備運動にもなりやしない』


 自分の身に、何が起こったのか分からなかった。

 早々と成長期を迎えた俺と、未だ同年代の女と変わらない背丈のアルファンスでは、それこそ大人と子どもくらいの体格差がある。腕力だって、あの細腕を見る限り俺の方がずっと強いだろう。

 姿形だけで、最早勝負だって見えていた筈だ。


 ……それなのに、どうして俺は今、こうやって地面に倒れてアルファンスを見上げているんだ?


 俺は、既に俺に対して興味を失くしたかのように背を向けて歩いて行っていたアルファンスの背中を唖然と眺めていた。


 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ


 俺は、剣技だって今まで一度も負けたことはない。闇魔法がなくても、剣だけで十分敵と渡り合えると称されていた。

 その俺が、あんな男に負ける筈がない。何かの間違いだ……!!


 その後アルファンスは、最後の試合でレイリアに当たり、拍子抜けするくらいあっさりと敗北していた。

 負けたアルファンスは、以前見掛けた情けなくて身勝手な姿で、負け惜しみを吼えていて。

 その事実が一層俺の心を震えさせた。


 あんな男に、俺が負ける筈がない。

 今日は、たまたま調子が悪かっただけだ。

 そもそも、俺の本分は剣じゃない。闇魔法だ。

 ……来月にある大会で、俺の実力を証明してやる……!!


 俺は無表情の下で、胸の奥を滾らせながら、リベンジを誓った。

 普段は抑えている筈の感情は、制御することができない程俺の中で荒れ狂っていた。




 実力差を考慮して、入学してから最初の二年間は、武闘大会は同学年の生徒の間だけで行われる。

 だから、当然のように勝負に勝ち進んだ俺が、アルファンスと当たったのは、順当と言えば順当だった。

 俺は闇魔法の随一の使い手だ。闇魔法は、属性の中で最強と言われている。

 今度こそ、負ける筈がないんだ。こんな男に。


 ――ああ、それなのに。


『……ふん。こないだよりは大分マシだが、この程度の闇じゃ俺の火には勝てないな。馬鹿の一つ覚えみたいに、ただ魔法を繰り出すんじゃなく、もっと頭を使え』


 それなのに、どうしてまた勝てないんだ……!!


 俺は再び地面に倒れ臥しながら、口元に余裕の笑みさえ湛えながら告げられたアルファンスの言葉に、ぴきりと心の中の何かが音を立てて壊れるのを感じていた。



 何故だ。何故、俺はこんな男に負ける。

 俺は特別な存在では、なかったのか。


 培った自負が、自分が特別な存在だという絶対的な自信が、音を立てて崩れ去っていく。




 その頃には、俺はアルファンスの違った側面も見えて来るようになっていた。

 傲慢で理不尽で身勝手。……そんな俺の第一印象は、あくまでレイリアだけに向ける態度に過ぎなかった。

 普段のアルファンスは、集団でいるよりは個を望み、特別親しい人間こそ作ろうとはしなかったが、それでも近づいて来る人間に対しては身分に関係なく、それなりに寛容かつ友好的に接していた。

 多くが平民出身である教師に対しても敬意を持って接し、王族ではなく、あくまでただの生徒としての立場を貫いた。アルファンス程高い身分でなくても、自身の身分を笠に着て、教師を見下す生徒だっているというのにだ。

 かといって、傍から見ても眉を顰めたくなるような態度を向けるレイリアに対して、特別強い憎悪を抱いているのかと思えばそうでもなさそうで。

 ふと、アルファンスが一人でいる時に視線を向けると、大抵アルファンスの視線は女生徒に囲まれているレイリアに向けられていて。

 表情こそつまらなそうではあっても、その瞳には何とも表現しづらい静かな熱が篭っていて。


 アルファンスが、レイリアに対してひどい態度を見せるのは、彼女に対する特別な想い故の裏返しなのだと、気づかずにはいられなかった。


 そして、他人の感情の機微には比較的疎い俺ですら気づくような事実を、他の生徒達が気づかない筈もなく。

 その子供っぽ過ぎる態度に眉を顰める者もいたが、それでもアルファンスのレイリアに対する仕打ちは、多く生徒からは生温い目で見守られ、受け入れられるようになっていた。


 レイリアに対するそれを除けば、アルファンスは王族として模範的だと言ってもいい男だった。

 周囲への態度が平等で、敬意を払う人物には躊躇うことなく敬意を払う謙虚さも持ち合わせている。礼儀作法や所作も、ちゃんと弁えるべき場面ではきちんと徹底することが出来る。周囲の人間と一線を置いて接してもなお、人を惹きつける独特のカリスマ性も持っている。

 成績もレイリアには及ばないが優秀で、魔力は俺以上に高く、属性適性も高い。大精霊の加護さえ受けている。

 小柄で男性的な魅力に欠ける外見も、月日が経つごとに年々逞しく男らしくなっていて。

 整ってはいるらしいが畏怖を感じさせる俺の外見とは異なり、光に愛されているかのような華やかな外見は、一層周囲の人間を惹きつけて。


 俺はアルファンスを見下す材料が、俺が勝っていると信じていた部分が一つ一つ無くなって行く度、追いつめられていくのが分かった。

 俺はどれ程必死に努力を重ねても、結果はいつも変わらなかった。いつだって、どんなことでだって、アルファンスは俺の上にいた。


 負けを認めて事実を事実として受け入れることが出来たら、どんなに良かっただろうか。

 だけど俺は、どうしても、その事実が受け入れられなかった。

 常人ならば、もっと早い段階で捨てられていた筈の根拠のない万能感は、俺が知らないうちに胸の奥深くまで根付いていたから。


 何故だ。何故。

 俺はあいつに、何一つ敵わないんだ?

 俺は特別な人間である筈なのに。

 特別な存在で、なければならないのに……!!


 胸の中に生まれて初めて芽生えた羨望と妬心は、あまりに醜いどす黒い形で俺の胸に広がって、自分でも止められなかった。

 俺は、今まで知らなかった自身の卑小さを感じずに入られなかった。


 ああ。でも俺がいくら努力しても、何一つあいつには敵わなくて。

 あいつは、そもそも俺のことなんて歯牙にも掛けずに、レイリアだけをただ見つめていて。

 そのことが、一層俺の妬心を大きく膨らませる。


 ――全てで、勝ちたいだなんて、そんなことは望まない。

 俺だって馬鹿じゃない。そんなことは無理だと言うことなんて百も承知だ。

 一つでいいんだ。

 一つでいいから、あいつに絶対に負けないものが欲しい。


 絶対にあいつに負けない、そんな特別な力が。




 いつしか俺は、そんな望みに囚われるようになっていた。

 打ち負かしたいとただひたすら敵意を燃やすことで、誤魔化していた。


 ……アルファンスに憧れ、彼のようになりたいと切望する、認めたくない自分自身の感情を。


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