開幕
武具をつけた、魔法使用も可の戦闘が苦手だった。
筋力が男性より足りない分を、素早さで補っていたのが、武具の重みによって効果が半減してしまうから。
昨年は、魔法能力の高さもあって何とか優勝することが出来たけれど、もしかしたら今年こそ存外早く敗退してしまうんではないかと密かに思っていた。実際、昨年も運が良かっただけで、何度も危ない場面はあったのだから。私を一番ライバル視しているアルファンスには悪いけど、やっぱりアルファンスは私を買被り過ぎだと思う。
だけど、いざ戦闘に出てみると、そんな私の心配は完全に杞憂だった。
「……フェニ!」
名前を呼んで微かに進みたい方向に体を傾けるだけで、まるで私の意志を読んだかのようにフェニは的確な方向に向かって素早く駈けてくれた。武具の重みで失った素早さを、十二分に補うほどのスピードで。
私は先程までいた場所を通り抜けていく、対戦相手が作りだした竜巻を横目に見ながら、水魔法を発動させた。
鉄砲水のように飛んで行った水は、すぐさま向こうから放たれた風魔法によって四散するが、それも予想していた通りだ。
鉄砲水は、攻撃が目的で放ったわけではない。……目くらましだ。風魔法によって散らされた水は、太陽の光に反射して相手の視界を奪うと共に、意識を逸らすことが出来るのだ。
私は密かに土魔法によって、斜めに盛り上げていた大地を助走に使って、フェニの背に跨った状態のまま高く跳躍した。
風属性の鳥型の守護獣がそんな私達に気付き対戦相手の肩から飛び立とうとした為、風魔法をつかって敢えてその背後から追い風を発生させる。
生き物が空に飛び立つ為には、向かい風によって生まれる揚力が必要だ。風属性ならば自ら望む方向の風を生み出すこともできる筈だが、それでも私が風魔法を放つことまでは予想外だったのか、守護獣は完全に体勢を崩して空に飛び立つタイミングが遅れた。
「……うわあああっ!!」
そのままフェニごと、対戦相手の方に向かって飛び込んでいくと、対戦相手は手に持っていた剣を放り出して地面を転がった。
勿論、最初からフェニに、蹄なり角なりで彼を攻撃させる気がない私は(いくらそれが許されており、痛みも軽減されるようになっているとはいえ、あまり相手に痛い思いをさせるのは本意ではない)、転がった彼を上手く避ける形でフェニと共に地面に着地すると、身を守るように両手で体を覆って身を縮めているままの彼に向かって、剣を突きつけた。
「……私の勝ちだね」
「――勝者、レイリア・フェルド!! 準決勝、進出」
審判の先生による高らかな宣誓が成されると、観客席からは大きな歓声があがった。
「きゃああああああ!! 白馬の王子様、レイ様はまさに白馬の王子様だわぁああああ!!」
「武具を纏ったレイ様もなんて凛々しくて格好いいの!! 素敵です!! ……ああ、でも兜のせいでお顔がちゃんと見えないのが、残念だわ」
「……やっぱり、勝者は白薔薇の君か」
「毎年の事とはいえ……何と言うか、見ていて男として複雑なものがあるな……ああも圧勝されると」
「だけど、次の対戦相手はザイード・レパーディアだろう? 流石の白薔薇の君だって、あいつ相手なら勝てないんじゃないかな」
「もし去年同様アルファンス王子が相手だったなら……あれだったけどな。ザイードとしては、今年は良い試合順だったな。……お、そろそろアルファンス王子の試合が始まるぞ」
観客席の声を遠くに聞きながら、私は小さく唇を噛んだ。
出来ればザイードと闘いたくはなかったんだけど……やっぱり、こうなってしまったか。
「レイ様、お疲れ様です!! ネモドのシロップ漬けを持って来たので、良かったら次の試合までの間に食べて下さい」
「私は、レイ様の為にタオルに刺繍してきましたわ!! どうぞ、使って下さい」
「はい、お水です。……さっきの試合、レイ様すごく格好良かったです。準決勝も応援してますね」
「……ありがとう。みんな。とても嬉しいよ。ちょっとだけ、準決勝まで休みたいから、良かったらフェニの様子を見ていてくれないかな?」
きゃあきゃあ言いながら差し入れを持って来てくれた女の子たちに微笑みかけると、女の子達は頬を染めて嬉しそうに笑いながら、フェニに構いに行ってくれた。
いつものメンバーとはまた違う女の子達に囲まれご機嫌そうなフェニを、少し離れた位置から横目で眺めながら、私は豪奢な刺繍が施こされたタオルでこめかみに流れる汗を拭った。
先ほどまで私が闘っていた場所では、先に準決勝を決めたアルファンスが、体格がいい男子生徒との試合を始めていた。
アルファンスは、自身の守護獣であるディールが、たかが人間の試合なんかの為に使われたくないと協力に応じなかった為、昨年同様守護獣を使わず一人で戦っている。それでも明らかに、試合はアルファンスの圧倒的な優性で、多分そう時間を掛けることなく、アルファンスは決勝に駒を進めることができるだろう。
「……レイリア」
強大な炎の壁を作りだしているアルファンスをぼんやりと遠くから眺めていたら、突然背後から声を掛けられた。
「……ザイード」
「次の試合で、当たるな。……お前が調子が良いようで良かった。久しぶりにお前と剣を交わすのが、とても楽しみだ」
ザイードは静かな声でそう口にすると、私の傍らに立った。
「君こそ調子が良いみたいじゃないか。……短時間で的確に相手に止めを刺しているし、それに……」
言いかけて、言葉に詰まった。……これは、言ってもいいものなのだろうか。
ザイードは言いよどむ私に、小さく笑みを漏らした。
「……それに、闇属性を暴走させて、無闇に対戦相手を傷つけてはいない、か?」
「……っ」
「先日の練習試合は、なかなかひどかったからな。お前が心配するのも、無理はない。……だが、レイリア。心配するな。今の俺の精神は、自分でも驚くくらいに安定している」
ザイードは不思議なほどに穏やかな表情で、目を伏せた。
「もうすぐだ……もうすぐ、宿願が叶う。……だから、俺は今闇属性を暴走させて、大会を棄権させられるわけには、いかないんだ。願いを叶える、その瞬間までは。精神だって、安定もするさ」
「……ザイード。君は」
「俺は、何があっても、この大会で優勝する。レパーディア家の次期当主として、期待されている役目を果たす為にも……そして何より、俺自身の為に」
ザイードは私に口を挟ませてくれることなく、ただそう一方的に言い放った。
再び目蓋を開いた時、ザイードの夜の闇のように黒い瞳から、その表情から、一切の感情が消えていた。
「――だから、レイリア。俺は次の試合で、お前を完膚なきまでに叩きのめす」
「…………」
「だから、お前も全力でかかって来い。遠慮は要らない。……お前が遠慮しようがしまいが、俺の勝ちは変わらないのだから」
次の瞬間、観客席の方から大きな歓声があがった。
どうやら、アルファンスの準決勝の決着がついたらしい。
「ふん……やっぱり、決勝進出はアルファンスか」
ザイードは小さく鼻を鳴らして吐き捨てるようにそう言うと、私から背を向けた。
「……レイリア。行くぞ。俺達の試合の番だ」
大股で私の前を歩いて行ったザイードの後ろには、いつの間にか姿を現したヘルハウンドが、その赤い瞳を光らせながら付き従っていた。




