光属性の教師
闇属性の人々が迫害に遭っていた過去は、公ではあまり語られない。
闇属性の人々自身が、それを望まないからだ。
謝罪と憐憫の視線は、ある意味では、相手を弱者と認識して低く見ていることと同意だ。
それよりも、彼らは過去の屈辱をなかったことにして「強者」として見られることを望んだ。謝罪や憐憫の視線よりも、畏怖の視線を望んだのだ。
闇属性の人々は、普段は感情を抑え込んでいるが、実際は他のどの属性の人々よりもプライドが高く、自身の属性に誇りを持っていると言われている。
彼らがそんな風に自身の属性を肯定できるようになった背景には、かつての迫害を覆すだけの私が知らない何かしらの闘いの歴史があり、そしてその際に力を与えてくれたのがヴィッカ先生の言う通りヘルハウンドだとしたら。彼らのヘルハウンドに対する傾倒も理解できる気がした。
「……でも昔は必要だったかもしれないですが、今の彼らにはそんな力必要ないでしょう? 自らの身を滅ぼすかもしれないリスクを負ってまで、得る力がなくても、彼らはもう十二分に認められているはずです」
「必要か、必要ではないか。それを決めるのはお前でも俺でもなく、闇属性の人間であり、そしてザイードだ」
私の言葉に、ヴィッカ先生は皮肉気に口端を吊り上げて嗤う。
「何の為に力が必要かなんて、その本人でなければ分からないさ。己の為かもしれない。誰かの為かもしれない。一族の誇りの為かもしれない。未来の為かもしれない。……たった百年そこそこで作り上げた立場なんて、砂上の楼閣と同じ。それを維持するために次期当主として力を望むことは、俺には立派な心掛けだと思うけどな。まあ例えそうじゃなくて、単純に自分自身の為に力を望んだとしても構わない。何にせよ、それはリスクを知った上でザイード自身が決めたことだ。第三者が口出しすることでもない」
「…………」
割り切れないやるせなさに唇を噛んだ。
ザイード自身が全て理解して選んだとはっきり分かっていることなら、アーシュの時同様に、私はきっと介入してはいけない問題なのだろう。
けれども、ザイードのことはアーシュよりもずっと以前から知っていて……かってに友人のように思っていただけに、ただ見ていることしかできないのは非常に胸が苦しかった。
何も、出来ないのか。
ただ、見ていることしか出来ないのか。
「……まあ、だが安心しろ。レイリア。例えレパーディア家の当主殿が許しても、学園側は生徒が他の生徒達の目の前で、化け物に変じて行く事態を傍観することはあり得ない。他の生徒達を身の危険に晒す可能性もあるし、外聞もあるからな。例え最悪の事態になったとしても、ちゃんとザイードは人間の状態に戻して沈静化させるさ」
「っそんなことが出来るんですか!?」
「ああ。この学園の教師には光属性のネルラがいるからな。……一個人の望みを果たしてやる結果として、失うものは多過ぎる気もするが、ネルラ自身は納得しているから良いのだろう」
ヴィッカ先生は苦々しい顔で頭を掻くと、そのまま私に背を向けた。
「それじゃあ、話すことは話したから、俺は寝る。……もっと詳しいことを聞きたいなら、ネルラから聞けばいい。今の時間ならば、ネルラは研究室にいる筈だ」
「あら。貴女、私が受け持ったことがない生徒ね。だけど、嬉しいわ。授業自体が少ないせいで、なかなか私の研究室まで遊びに来てくれる生徒はいないもの」
ネルラ先生はまるで光そのもののような、長いホワイトゴールドの髪を揺らしながらふわふわと笑った。
……噂には聞いていたけど、本当に可愛らしい先生だ。年齢は、それなりに上の筈なんだけどとてもそうは見えない。
「ハーブティはお好きかしら? 今、ケーキと一緒にお持ちするわね。実はちょうど、さっき焼き上がったばかりなの」
「そんな……お構いなく」
「ふふふ。遠慮しないで。つい作るのが好きだから焼いちゃうのだけど、一人ではとても食べきれなくていつも困ってるの。甘いのがお好きなヴィッカ先生でも、流石に連日持っていくのはご迷惑かな、と思っていたところだったから」
……ヴィッカ先生、ああ見えて甘いものが好きなのか。似合わないな。
でも本当に好きなら、ヴィッカ先生、連日でも大喜びしてそうだな。俺の分を食べたなと恨まれたくないから、先生には内緒にしておこう。
……しかし、研究室でお菓子作りって……突っ込んでもいいのだろうか。何というか、不思議な先生だ。
「はい。持ってきました。一角獣くんも、これなら大丈夫かな? 置いておくから食べてね」
フェニはと言うと……案の定、ネルラ先生にデレデレだった。
何と言うか、契約を結んでいる私以上に懐いているんじゃないかって、ちょっと複雑な気持ちになるな。
気持ちを落ち着かせるべく、可愛らしい花柄のカップに注がれたハーブティを口に運んで目を開いた。
「……あ」
「どうしたの? お口に合わなかったかしら」
「いや、その……こんなに美味しい、ハーブティを飲んだのは初めてです」
一口飲んだだけで、胸がすいて憂いが取り除かれたような不思議な感覚が広がった。清涼で、そして優しい味がした。何だか体がぽかぽかする。
カップから口を離して、その香りだけ吸い込むと、様々なハーブが混ざり合って調和した芳香が鼻孔を擽りながら体に浸透し、眠っていた感覚が呼び覚まされたような気分になった。
「私が独自で調合したものなの。心を落ち着かせる効果があるのよ。……何だか、大きな悩みを抱えているようだったから」
「ネルラ先生……その、私は……」
「まずは、そのお茶を飲みほしてしまいなさい。あと、ケーキも食べてね。ハーブティと合う筈よ。……話を始めるのは、そこからでも遅くないわ」
ネルラ先生に進められるままに、私はケーキも口に含んだ。
まだ温かいドライフルーツが入ったケーキは、どこか素朴で懐かしい味がして、美味しかった。
ケーキも、ハーブティもすっかり平らげて顔を上げると、優しく微笑むネルラ先生の金の瞳があった。
「あの……ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「お粗末様でした。全部綺麗に食べてくれて、嬉しいわ」
「それでお話なんですが……」
「あんな深刻そうな顔で、私の研究室に来るのだもの。大体は予想はついているわ。……貴方は、ザイード君のお友達なのね」
「……少なくとも私はそう、勝手に思ってます」
ネルラ先生は少し切なげな笑みを浮かべた。
「安心して。貴女が心配することはなにもないわ。……例え、ザイード君が暴走しても、私が光属性の全ての力を使って、彼を生かすもの。……それは彼にとっては望んだ生とは違うかもしれないけれど」
「……どういうことです?」
「光魔法は闇魔法と表裏一体よ。どんなに闇が濃くなっても、光だけは闇を打ち消すことが出来るの」
そう言ってネルラ先生は、けぶるような長い睫毛をそっと伏せた。
「彼がヘルハウンドに与えられた力に耐えきれずに、闇属性の力を暴走させてしまった時は、私が彼の魔力を全て飲み込んで浄化させるわ。……そうなれば、きっと彼の魔力も私の魔力も相殺されて消えてしまうけれども、それでもちゃんと、人間として生きていくことだけは出来るはずよ」