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ヘルハウンドの正体

「ううん……特別有益な情報はないなあ」


 私は先日のアーシュの時同様、放課後にフェニを引きつれて図書館で調べものをしていた。

 怪奇の正体自体が分からなかった上に、精霊によって制限が掛けられていた先日とは異なり、今回は召喚獣についての本を調べれば簡単にヘルハウンドの情報は手に入った。


 実物は子牛程の大きさもある、巨大な黒い犬の姿をしていること。

 その瞳は赤い事。

 その姿と、特徴から地獄の猟犬と渾名されていること。

 口からは硫黄の炎を吐くこと。

 牙は鋭く、その気になれば人の喉笛なんか簡単に噛み千切れること。

 闇属性の最高位の召喚獣であり、闇属性の人々の間では守護獣にすることが誉とされていること。


 どの召喚獣の資料を見ても、買いてあることは全てそれくらいで、ザイードの異変の答えにはならなかった。


「……やっぱりあれは単純に、守護獣を得たから体内の魔力バランスを崩しているだけなのかな……」


 闇属性の生徒は稀少で、私は今まで、闇属性の生徒が属性に飲まれて魔力暴走を犯しているところを目の辺りにしたことはない。過去噂で聞いたことくらいはあるけど、それでもすぐに光属性の先生が沈静化させて大事には至らなかったということだから、もしかしたらそこまで気にする必要もないのかもしれない。万が一格闘大会でザイードが魔力暴走を起こしたとしても、光属性のスペシャリストであるネルラ先生が付き添ってくれるわけだし。


 諦めて立ち上がりかけた時、数刻前に目にしたザイードの血走った目を思い出した。


『覚えておけ……次の大会で勝つのは俺だ……首を洗って待ってろ!!』


 あの瞳は、あの言葉は、私とアルファンスどちらに向けたものだったのだろうか。もしかしたら、両方に向けた物だったのかもしれない。

 どちらにしろ、あの時のザイードには……単純に魔力暴走のせいだとは言い切れない確かな「敵意」があった。


「……少し、情報を整理してみようかな」


 私はどこか落ち着かない様子で隣の椅子の上に四足をついているフェニの鬣を一撫でしながら、ヘルハウンドに関する情報をまとめたノートを見直した。

 ヘルハウンドについての情報に、どこか違和感があるのだ。……理由は分からないけれど。

 私は暫くノートを睨み付けて、ようやく違和感の正体に気が付いた。


「炎を吐くのに、炎属性ではなく、闇属性なんだな……」


 地獄の猟犬ヘルハウンドの特徴の中に、私が想像する闇属性らしい特徴が特別ないのだ。

 私は闇属性に関してはあまり詳しくないのだけれど、闇属性は単純に闇を操る以外は、どちらかと言えば精神操作や精神汚染系の魔法を得意とするイメージがある。

 けれどもヘルハウンドの記述は、そう言った闇を感じさせる要素がどこにも見当たらない。せいぜい毛皮の色くらいだろうか。

 炎を吐く特徴は、寧ろ火属性の召喚獣に多い特徴だ。

 勿論、複数の要素を抱えている召喚獣もいるのだが、それでもメインとしての属性の要素は必ずどこかで有している筈なのに、ヘルハウンドはどの特徴も特別しっくりこない。

 際立った特徴がないにしろ属性が闇だから闇属性なのだと言えばそれまでだが、それにしたって何故闇属性の人々は、そんな中途半端にも見える召喚獣を、闇属性の最高位と考えているのだろうか?


「……私が単に闇属性の要素について無知なだけかな? 他に闇属性の召喚獣と言えば、アンデッド系の生き物や、ウィル・オー・ウィスプ(人魂)……それから……」


 ――悪魔。

 ……そう考えて、慌てて首を横に振った。

 悪魔は召喚で呼び出すことは可能だが、悪魔と契約を結ぶことは国の法律で禁じられており、万が一誤って召喚してしまった場合は、即刻退治するか元の場所に戻すことが義務付けられている。

 悪魔にもランクがあり、強大な力を有する人型の悪魔は一見高位の精霊と似ているが、精霊と異なるのは、彼らが人間を害すことに喜びを感じるという点だ。

 彼らは契約を結んだ相手の魂を代償に願いを叶えるという名目で、自身の享楽の為に多くの人間を害そうとする、ひどく危険な存在だ。他国の王に恨みを持つ人物が悪魔と契約を結んだせいで、恨まれた国は勿論、恨みを持つ人物が住んでいた国ですら滅んでしまったことすらあるくらいだ。だから、悪魔と契約を結ぶことなんてあってはならないのだ。


「……まさか、ね。そもそも悪魔の召喚には、通常の召喚では行われない特別な召喚法が必要だというし……大体ヴィッカ先生が悪魔との契約なんて許す筈がない……」


 まさか、とは思った。

 それでも、あの時のザイードの様子は思い返してもやっぱりおかしくて。

 私は、そんな筈がないと自分に言い聞かせながらも、悪魔に関する本を探して見ることにした。

 悪魔に関する本は、殆どが禁書になっており、今でもなお閲覧が可能だったものは、かなり古い年代に纏められたらしい『悪魔辞典』ただ一冊だった。

 私は油断すれば表紙がぼろぼろになってしまいそうなそれを、慎重に開きながらページを読み進めた。


 ――そして、見つけてしまった。


【『ヘルハウンド』……子牛程の大きさの黒い犬の姿をした悪魔。炎のような赤い瞳をしている。地獄の猟犬とも呼ばれ、口からは硫黄の炎を吐く。

 稀に闇属性の人間と契約を結んで、強大な力を与えることがあるが、その代償として力を与えた人間を、理性がない人ならざる者に変貌させてしまう。】




「――ヴィッカ先生!! ヴィッカ先生、いらっしゃいませんか!?」


 私はすぐさま辞典を片手に図書室を飛び出すと、召喚術の教師であるヴィッカ先生の研究室へと走った。

 研究室の扉は鍵が掛かっていたが、掛けているプレートは「在室中」の状態のままだったので、大声でヴィッカ先生を呼びながらノックを繰り返す。近くの研究室で先生たちに迷惑になるかとも思ったけれど、形振り構ってはいられなかった。

 そして暫くしてから、ようやく扉が開いた。


「……ったく、誰だ。せっかく研究が一段落をして、仮眠をとってたというところだったの……に……」


 ヴィッカ先生は私の存在を確認するなり、目を丸くして


「――生憎、今は取り込み中だ」


 すぐ様扉を閉めようとしたが、私は寸でのところでノブを掴んで阻止することに成功した。

 そのまま暫くの間、扉の開閉を巡って攻防戦が続く。


「離せっ!! レイリア・フェルド!! 俺は忙しいんだ!!」


「今、仮眠をとっていたと言ったでしょうが‼ 大事な話があるんです!! 聞いて下さい!!」


「言うな!! 何も言うな!! 俺は聞きたくない!!」


「何ですか!! 先生、授業で疑問に思ったことがあればいつでも研究室に来ていいと、以前おっしゃってたじゃないですか!!」


「お前が本当に授業の質問に来たなら、俺は喜んで答える!! だけど、分かるぞ!! お前、また面倒ごとに首を突っ込む気だろう!! ウンディーネに殺されかけたのに、まだ懲りないのか!!」


「――なんで先生が、それを知っているんですか」


 私の言葉に、ヴィッカ先生はあからさまにしまった、というような顔をした。


「……と、ともかく!! 俺は貴族のお嬢さんの七面倒臭い、青臭い正義感になんて付き合ってやる義理はないんだ!! さっさと帰れ!!」


「――フェニ!!」


 私の呼びかけに、フェニは心得たとでもいうように頷くと、そのままこちらに向かって駆けて来た。

 ヴィッカ先生と私の攻防の結果開いた隙間は、人間が一人体をねじ込むのは難しいが、魔具のせいで小型化しているフェニが通り抜けるには十分過ぎる幅だ。

 助走をつけたフェニは――扉の隙間から、ヴィッカ先生に向かって飛び掛かっていった。


「うわっ!!」


 フェニを避けようとした結果、ヴィッカ先生はそのまま派手に後ろに倒れ込んだ。

 頭を強かに打ち付けて悶絶するヴィッカ先生に少し申し訳ない気分になったが、こちらだって緊急事態なんだ。背に腹は変えられない。


 私は遮る相手がいなくなった扉を悠々と開くと、室内でヴィッカ先生に攻撃を仕掛けようとしていたフェニを回収して、ヴィッカ先生を見下ろした。


「……それでは、話を聞いてくれますよね。ヴィッカ先生?」


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